図1『古能手佳史話』（渓斎英泉、天保七年）、国際日本文化研究センター蔵
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（永井 義男：作家・歴史評論家）

江戸の常識は現代の非常識？　江戸時代の庶民の生活や文化、春画や吉原などの性風俗まで豊富な知識をもつ作家・永井義男氏による、江戸の下半身事情を紹介する連載です。はたして江戸の男女はおおらかだったのか、破廉恥だったのか、検証していきます。

「女郎」は蔑称ではなかった

　図は、最高級の女郎買い、つまり吉原の光景である。

　さて、「女郎買い」という言葉は、今や死語であろう。いっぽう、死語ではないとしても、現代ではとうてい容認されない考え方に、「男の道楽は呑む、打つ、買う」という表現がある。呑むは酒、打つは博奕（ばくち）、買うは女郎買いである。現代風に言えば、アルコール、ギャンブル、フーゾクであろうか。しかし、女郎買いとフーゾクは微妙に違う。似て非なる物と言ってもよいかもしれない。

　女郎は遊女のことである。現在は時代小説などでは遊女と称するのが一般的だが、江戸時代は女郎と言うのが普通だった。女郎はけっして蔑称ではない。

　戯作『狐竇這入』（十返舎一九著、享和二年）に、次のような場面がある。

　吉原の花魁（おいらん）が客と口論になった。客が「この、はした女郎が」と、ののしったのに対し、花魁がこう啖呵を切る——

「わっちらぁ、はした女郎じゃあ、おざんせん。ちょうど三分の女郎ざんす」

　——三分は、揚代（料金）が金三分の意味。つまり、花魁は昼三（ちゅうさん）と呼ばれる上級遊女だった。遊女自身、女郎と自称していたのだ。

　さて、女郎買いは、金を払って女郎と遊ぶことである。意味を明確にするために露骨な表現を許してもらうと、金を払って女郎に性交させてもらうこと、と言ってよい。

　江戸時代、女郎は吉原遊廓にだけいたわけではない。江戸の各地には非合法の遊里である岡場所があり、ここに女郎がいた。

　街道筋の宿場には飯盛女（宿場女郎）がいた。また、京都に島原、大坂に新町、長崎に丸山という幕府が許可した遊廓があった。そのほか、各地に藩が許可した遊廓や、非合法の遊里があった。

　こうした、全国各地の女郎と遊ぶことを、すべて女郎買いと言ったのである。つまり、吉原の花魁も宿場の飯盛女も、女郎買いの対象だった。