西洋美術の根幹を成すテーマのひとつ「愛」。神話画や風俗画には恋におちた神々や人々の情熱や欲望、官能的な悦び、苦悩、悲しみなどが、また宗教画においては神が人間に注ぐ無償の愛と人間が神に寄せる愛が様々なかたちで描かれてきた。そんな多様な「愛」のかたちをルーヴル美術館のコレクションで紹介する展覧会「ルーヴル美術館展 愛を描く」が国立新美術館で開幕した。

文=川岸 徹 ※画像写真の無断転載を禁じます

アリ・シェフェール《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》1855年 油彩/カンヴァス 171x239cm パリ、ルーヴル美術館 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom

73の愛の物語が好奇心を刺激する

 トルストイは言った、「愛は生命そのもの」だと。世の中には無数の愛があふれ、その数だけ愛の物語が存在する。そんな「愛」は古くから絵画作品として描かれてきた。愛することの喜びや苦しみ。愛を成就させるための駆け引きや愛するがゆえに起きてしまった悲劇。愛は美しいばかりではない。時に愛は、人生を破滅にも導いてしまう。

 展覧会「ルーヴル美術館展 愛を描く」で紹介されている愛の絵画は全73点。大型美術展としては決して多い数ではないが、鑑賞後の感想は“お腹いっぱい”。1点1点の作品に封じ込められた愛の物語が深く、その物語に共感したり、嫌悪感を覚えたりを繰り返すうちに、予想以上に時間が経過してしまった。見れば見るほど、探れば探るほどに好奇心が高まってくる展覧会だといえるだろう。

 ではさっそく、注目作をいくつか。《ダンテとウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》は、ロマン主義の画家アリ・シェフェールの代表作。

 13世紀末、北イタリア・ラヴェンナの城主の娘フランチェスカは、ジャンチョット・マラテスタと政略結婚。だが、愛のない結婚生活はうまくいかず、フランチェスカは夫の弟パオロと恋におちてしまう。フランチェスカとパオロの情事は夫に目撃され、2人は激高した夫に短剣で刺し殺されてしまった。不義の恋の末に命を落とした2人は地獄に堕ち、固く抱き合ったまま地獄の黒い風に吹かれている。

 このフランチェスカとパオロの悲劇は、14世紀イタリアの詩人ダンテが叙事詩『神曲』の「地獄篇」で取り上げたことで有名になった。悲しくロマンチックな物語に人々は夢中になり、多くの芸術家が絵画の題材に選んだ。

 なかでもアリ・シェフェールによる本作は白眉の一枚。フランチェスカとパオロの官能的な裸体、対角線上のドラマチックな構図、そしてパオロの胸やフランチェスカの背中に残る生々しい剣の傷跡など、随所に見どころがある。

 そんな2人の姿を傍ら(画面右手)で見つめる2人の男。地獄の案内役を務める詩人ウェルギリウスと、彼に導かれて地獄を訪ねた詩人ダンテ。彼らは地獄でも愛を貫くフランチェスカとパオロを神妙な顔つきで眺めている。