バンス副大統領、NATOを人質にXを援護
自身の主張を制限なく世界にばらまきたいトランプ氏はもちろんのこと、最近トランプ氏に張り付くマスク氏が目立ちすぎて影の薄くなった感の否めないバンス副大統領も、実はXに強力な援護射撃をしている。
バンス氏は昨年9月、大統領選中ユーチューバーとのインタビューで、欧州がXに規制を課し(トランプ陣営の定義における)「言論の自由」を尊重しないのであれば、北大西洋条約機構(NATO)へのの支援をやめるという飛躍した暴論を述べている。

「NATOが(米国)に支援を継続することを望み、NATOも我々がこの軍事同盟の良き参加者であり続けることを望むなら、なぜ米国の価値観を尊重し、言論の自由を尊重しないのか」「軍事同盟が言論の自由を支持しないのに、我々が軍事同盟を支持するというのは非常識だ(略)米国の力には一定の条件が付いており、その1つは、特に欧州の同盟国における言論の自由の尊重だ」(バンス氏)
つまり、NATOを人質にXやメタなどの米国のプラットフォームに対する欧州の締め付けをやめさせようとの思惑である。ロシアによる侵攻の脅威が現実として高まる欧州では、EU当局がこうしたトランプ政権の姿勢を警戒したのか、メタなどに対する調査の縮小などが起こる可能性がある。英フィナンシャルタイムズ紙は今月14日、欧州がテック企業に対する調査を「再評価」していると報じている。
かくして、マスク氏とザッカーバーグ氏が所有するSNSを通じて、欧州ではヘイトや偽情報がさらに蔓延し、特に今後の選挙において民主主義が脅かさる懸念がますます高まっている。ベゾス氏はワシントンポストの自主検閲を促進させ、これも民主主義に加え報道の自由を破壊する行為だ。
西側の不安定化により漁夫の利を得るのは、他でもないロシアのプーチン大統領だろう。テック業界の富豪が自身の利益を追求するためにトランプ大統領にすり寄ることは、結果的に世界を危険に晒すことにも大いに加担することになるのではないだろうか。
もっとも、欧露戦争が勃発し、核兵器が使用されて世界が滅亡の危機に瀕しても、マスク氏やベゾス氏が開発を進める宇宙船で富豪たちは火星に移住できるとの算段なのかもしれない。そして、荒廃した地球に取り残されるのは私たち一般市民だ。
トランプ氏を勝利に導いた米国の有権者らは、アンチ・エスタブリッシュメントに票を投じたとも言われている。しかし結局は、トランプ氏にすり寄るテック富豪ら一部の既得権益に権力を移譲してしまっただけではないか。それは、トランプ氏に票を投じた米国の有権者が思い描いた未来とは異なる、暗澹たる世界をもたらすように思えてならない。
楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。