また、今回のシリアでの政権交代を受けて、すでに多くのシリア難民が近隣国からシリアに帰還し始めていることも、結果として人道危機に拍車をかけている。すでに国内避難民となっている700万人に加えて、新たに62万人の国内避難民が生じている。トルコやレバノン等の近隣国や欧州諸国をはじめとして、近年はシリア難民に対する批判が高まってきている中で、今回の事態が発生したことを幸運とみなせるか否かについては、シリア復興への道筋が見えない中ではやや時期尚早とも言えよう。
他方、近隣諸国によるシリア支援の前向きな取り組みも徐々に始まっている。トルコ、ヨルダン、イラクのシリアの近隣3カ国によるシリア支援への枠組みも合意されている。トルコやヨルダンは、シリアへの電力供給にも前向きである。すでにヨルダンからシリア南部への電力グリッドの連結の準備が進められている。また、シリア暫定政権は、湾岸諸国についても、もともとHTSと関係を有していたカタールに加えて、サウジとの関係構築も進んでいる。
深い影を落とすイスラエルとイランの対峙
これらのシリアの国内問題に加えて、イスラエルとイランの対峙が、アサド政権の崩壊を受けて、一層厳しい局面に入ったことも指摘しておく必要がある。
イランの革命ガード関係者は、アサド政権崩壊の背景にイスラエルの存在を感じとっており、2023年10月7日以降の、イスラエルによってハマースの壊滅、ヒズボッラーへの打撃、そして今般のアサド政権の崩壊と続く、イランの抑止力を一層脆弱化させんとのイスラエル側の動きを極めて深刻に受け止めている。イスラエルとイランの潜在的なエスカレーションの可能性が改めてシリアに大きな影を落としはじめている(注3)。
(注3)例えば以下のニューヨーク・タイムズ記事を参照。
Top Iranian General Admits ‘Big’ Defeat in Syria - The New York Times
こうしたシリアの現状に対して、ペデルセン国連事務総長特使は、1月8日に行われた国連安保理報告において、シリアの移行期について「大いなる機会と真の危機」が存在していることを指摘するとともに、国際社会が正しい対応を行うことを求めつつ、シリアに対する国連の全面的な支援の用意を表明している。
シリアの行方を決めるもの
これまでの国際社会におけるシリアの和平プロセスで常に強調されてきたのは、シリア人自らによる、シリア人全体が参加する包括的なプロセスであるべき(an inclusive and Syrian-led political process)ということであった。この原則は、アサド政権崩壊後も不変である。