これまで米国はアサド政権との間では一切没交渉であったが、ダマスカスの暫定政権とはバーバラ・リーフ中東担当国務省次官補による公式訪問が行われ、コンタクトを開始しており、シリアにおける米軍のプレゼンスについては、今後のトランプ新政権による外交政策がいかなるものになるのかが注目されている。
この点、シリア暫定政権は、シリア北東部において米軍が支援してきたSDFのマズルーム・アブディ将軍ともコンタクトをし始めており、将来的にはSDFのシリア軍への統合も視野に入れていることがうかがえる。もっとも、クルド勢力の中心をなすPYD/YPGをトルコがテロリストとして認識し、シリアからその殲滅を意図している以上、シリア暫定政府とトルコの間でSDFの扱いをめぐって合意が生じ得るのか、懐疑的にならざるをえない。
(4)深まる人道危機と遥かなる復興への道程
第四に、やはり懸念されるのは、やはりシリア国民が引き続き直面する人道的な危機である。
シリアの政権交代後もシリアの経済的現実は依然として厳しい。世界銀行によれば、戦前と比べるとシリア経済は84%も縮んだと推定されており、国家予算規模も同様に縮減した結果、政府の補助金のほとんどが削減されるに至っていた。現在、シリア人の10人に7人以上が貧困線以下の生活に陥っており、1300万人の人々が食糧難に直面している。一方、シリアへの人道支援にかかる国連の国際社会に対するアピールは40億ドルを求めるものであるが、実際にはその3分の1以下しか資金は集まっていない(注2)。
(注2)シリアの人道状況については、以下のトム・フレッチャー国連人道問題担当事務次長のシリアに関する最新の声明を参照。
“UN relief chief urges Security Council to ensure flow of support into Syria”
いわんや、シリアの復興にかかるコストは4000億ドルに上ると見積もられており、アサド政権の崩壊が、すぐにシリア人の期待するような復興に自動的につながるとは言い難い状況にある。
なお、シリアの石油産出地域は、クルド勢力の実効支配下にあるシリア北東部にあることに加え、その生産施設も長年の制裁下で疲弊していることから、その産出量は極めて限定的なものとなっており、多くを期待することはできないだろう。