これらの国々は、交易などを通して富を蓄積した資本輸出国であることが多かった。その結果、地域内に大量の資金がプールされたため、その地域内で資金を調達する政府等も、資金調達がしやすかったのである。資金を蓄積した市民は、手元に寝かせておくだけでなく、金利が付与される公債などの購入を促されたからである。

政治的混乱が揺るがす金利の低位安定

 この最低金利国の共通点は、金利が上昇と下落を繰り返したとはいえ、そのレンジは長期にわたり狭いレンジで推移していた点だ。金利が低位安定期に入ると、相当程度、長期にわたり安定化する傾向があったのである。ただし、この低位安定期にも寿命があり、いずれ終焉を迎える。

 ある種のトリガーがひかれると低位安定期が終わり、急激に金利上昇に転じるのである。

 15世紀のヴェネチア、17世紀のジェノヴァ、18世紀末のフランスなどは、安定期から変動期に転移した時期と言えよう。公債利回りの急騰は、それまでの安定が嘘であったのかのように激しくなった点は注意が必要であろう。公債利回りの上昇が突如として急激に発生し、当時の市民の生活を直撃したのが容易に想像できる。

 というのも、いずれも対外戦争やフランス革命といった政治的危機と、金利急騰が密接に結びついていたからである。

 政治不安は、政府の信用状態の悪化を招き、公債利回りの上昇をもたらしたと解釈できよう。戦争に明け暮れる王室の信用度は、商人間の信用度よりも低く、調達金利が高くなっている。このことが示すように、戦争リスクは金利水準を押し上げてきたのである。

 われわれは、多くの債務を抱える国は、それだけ信用度が低下するため、調達金利も上昇すると考えがちだ。

 だが、実際は異なる。興味深いことに、政府債務の増加は、必ず国債利回りの上昇をもたらしたわけではなかったのである。