(科学ジャーナリスト:添田 孝史)
「活断層」という言葉は、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震、1995年)を機に広く知られるようになった。その後も、熊本地震(2016年)や能登半島地震(2024年)など、活断層が引き起こす地震が相次いでいる。能登半島地震では、活断層のずれにより陸地が一気に4mも隆起した。また、敦賀原子力発電所2号機は活断層の真上に位置することから、2024年11月に再稼働が不許可となり、活断層直上のリスクも改めて注目されている。
阪神・淡路大震災から30年。私たちは活断層への対処が少しは上手になったのだろうか。阪神・淡路大震災の時、活断層のずれをいち早く報告した中田高・広島大名誉教授に尋ねてみたら「付き合い方がうまくなったようには見えない」との返答だった。むやみに恐れるようにはなったが、活断層直上に重要な建築物を建てないようにするなどの規制は進んでいないというのだ。(敬称略)
ようやく活断層が注目されるようになった
1995年1月17日の兵庫県南部地震の発生後、地震を引き起こした活断層の正体を解明するため、研究者たちは場所を分担して調査を開始した。多くの研究者が被害の大きかった神戸側に向かう中、中田ら広島大学のチームは「それなら淡路島を調べよう」と現地に向かった。
本州側からのフェリー運航が止まっていたため、四国経由で当日深夜に淡路島の北淡町に到着した。車で少し仮眠して、翌朝明るくなってから調査を始めると、すぐに活断層のずれが確認できた。淡路島北端の江崎灯台に登る階段が途中で断たれ、約1.2m横にずれていた。
この地震で活断層のずれが地上に現れた様子が初めて確認されたのだ。