「外部環境・未来起点」の分析で何が見えるか?

 こうした推計結果を基にシナリオ分析を行うことで、未来の労働市場と自社事業の関係を検討できるだろう。もちろん、実務においては、何かひとつの報告書をベースにすれば、シナリオ分析が行えるわけではない。

 分析の際には、労働力不足以外の情報が必要な場合もある。その際は、追加で情報を収集したり、合理的な仮定に基づく数値を置いたりしながら、シナリオ分析を進める必要がある。また、状況によっては定量分析よりも、定性的に進めることが理にかなうこともあるだろう。

 実際に分析すべき内容は事業内容によって異なってくる。それでも、例えば「標準的なシナリオと比べて最も労働力不足が深刻になった際に、追加コストはいくらかかるのか」を評価することは、労働力不足による倒産が広がるなかで重要性が高い。

 また、昨今の動向を踏まえると、「賃金上昇シナリオにおいても、事業は継続可能か」といった検討が必要になってくる企業もあるだろう。これは見方を変えると「どの程度の価格転嫁ができれば、事業継続は可能か」といった評価にも繋がる。さらに「事業継続が難しいと見込まれる場合に、事業から撤退すべきか、国外移転すべきか」といった議論に広がることもあるだろう。

 他にも「教育研修や設備投資による生産性向上で労働力不足に対応するために必要な投資の規模は」といった観点からの分析に繋がることもあるだろう。なお、企業によっては、労働力不足が深刻になるなかで、リスクではなく新たな事業機会が浮かび上がることもあるかもしれない。

 既に指摘したように、現在行われている人的資本の投資分析は「人材が企業価値創造の源泉」という考え方を背景に、「自社・過去起点」となっている。しかし、自社の価値創造の源泉が人材であるとするならば、その人材確保が難しくなった時のリスクについても検討すべきではないだろうか。

 そのために必要なことは、「外部環境・未来起点」のシナリオ分析である。こうした分析は今後、気候変動対策のシナリオ分析と同じように、投資家と建設的な対話をするためにも必要となってくるように思われる。

今井 昭仁(いまい・あきひと) パーソル総合研究所 研究員
London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。