労働力不足の状況は前提となる賃金・経済成長次第(写真:1st footage/Shutterstock.com)

労働力不足に関するニュースが毎日のように報じられている。しかし、賃金や景気の動向によって今後の労働力不足の状況は変わってくる。企業や社会が不確実性の高い未来に備えるには、異なる前提条件を置いた「シナリオ分析」が欠かせない。すでにサステナビリティ関連の情報開示においては、気候変動で異なる気温上昇の見通しを前提にしたシナリオ分析が重視されている。人的資本の領域においても今後、シナリオ分析の重要性が高まってくるのではないだろうか。

(今井 昭仁:パーソル総合研究所 研究員)

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 有価証券報告書の様式が2023年に新しくなり、サステナビリティ情報の記載が求められるようになった。それを受けて現在、サステナビリティ情報の開示においては、気候変動と人的資本が中心的に取り上げられることが多い。

 しかし、これら2つの開示やその基となる分析は、「視点」と「時間軸」で異なる枠組みで実施されている。この違いを認識することで、人的資本における賃金上昇・経済成長といったシナリオ別のリスク分析の重要性が見えてくる。

 気候変動における分析で重用されるのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みだ。TCFDのシナリオ分析では、1.5度や4度など異なる気温上昇の見通しに基づいて前提条件を置き、リスクなどを評価する。他方、人的資本に関する分析では、一般的に自社の投資からどの程度のリターンを得たかに力点が置かれる。

 分析の枠組みを比較すると、「視点」と「時間軸」という違いに気づかされる(図表1)。つまり、気候変動では未来の外部環境から受ける影響を起点とするのに対し、人的資本では自社の過去の投資を起点にしている。

■図表1 気候変動と人的資本の分析枠組み

出所:パーソル総合研究所作成
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 こうした相違点は、気候変動ではリスク要因が外部環境の変化にあるのに対し、人的資本では価値創造の源泉が自社で抱える人材にある、という差に由来するものと考えられる。その点で、こうした違いは妥当なものではある。

 ただし、昨今の労働力不足に起因する倒産やコスト上昇などを踏まえると、人的資本経営を考える上においても、外部環境を起点とした分析の重要性が高まっているのではないだろうか。そして、これから備えるべきリスクを認識するためには、未来を起点にした分析が求められるはずだ。