そこから、左岸側を見下ろしても、針葉樹の林地と林地の間に、伐採後の無数の切り株と、新たに育った植生が山肌を覆い、長い間、放置されているような妙な光景がそこにはあった。
「工事がちっとも進まないのは、やっているフリだから」と伊奈さんは言う。それはどういうことなのか、理科の先生らしく解説してくれた。
「設楽ダムの予定地は、今から1000万〜1500万年ぐらい前に陥没して水深200mぐらいの深い海底となった場所と陸地だったところの境目にあるんです。海底には礫や土砂、泥が大量に堆積し、その後、再び隆起しました。現在は標高400〜500mになっていますから、大きな地殻変動です。陸地との境目は激しく崩れ、岩石は滅茶苦茶に破壊されたと考えるべきで、それが、こんなところにダムは作れないと私が考える理由です」
見たことと伊奈さんの解説を念頭に、「現場は、ボロボロに崩れた土砂が谷の形に落ちてきているように見えるが、あそこでダムを作り続ける予定なのか」と先述の建設専門官に聞くと、次のような答えが返ってきた。
「深いところにちゃんと岩盤ある」の稚拙さ
「表面はそう見えるかもしれないが、必要な岩盤まで掘削をします。表面と実際にダムを据える場所の地質はどこでも違う。岩盤を出さないとダムが座らないので、掘削をしている。実際は深いところにちゃんと地質調査で岩盤を確認している」
ただ、20〜30m掘ればだという。その掘削量は、想定を超えたということのようだ。
設楽ダムは、1978年に地質調査が始まり、2001年に豊川水系河川整備計画で多目的の重力式コンクリートダムとして位置付けられた。しかし、2022年に工期は8年延長、完成は2034年となった。工期延長の理由を尋ねると、掘削量が増えていることを含め、4つあるという。