ダムができてもできなくても「誰も責任をとらない」
これまでに見直しの機会がなかったわけではない。大村秀章愛知県知事が知事候補だった頃、「設楽ダム予定地の現場を見て欲しい」と伊奈さんが頼んだことがある。就任後に知事は設楽町を訪れたが、「国交省が知事を呼んだんだと、反対住民は会合の場に入れてもらえなかった。ところが知事が『会う』と言ったので、別室で知事と私たち反対住民が話して、賛成・反対の両者が討論する場を持とうということになった」と伊奈さんは振り返る。
「設楽ダム連続公開講座」という名でテーマごとに2012年7月から2014年3月まで10回開催された。しかし、早くも2013年12月に大村知事は「建設容認」へと態度を変えてしまった。
総事業費は当初予算2070億円が、工期延長時に3200億円に増大。県負担は1073億円に及ぶ。さらに、ダム事業による影響緩和として行われる水源地域対策事業総額1030億円の一部を県は負担する。しかし、自治体の立場で歯止めをかけるチャンスを失った。
伊奈さんは、「地質は最初から軟弱だと分かっていた。付け替え道路やトンネル工事でやっぱり地盤の悪さが露呈した。工期が伸びれば建設会社が儲かる。政治家もそれでいい。誰も責任を取らない。周辺工事がすべて完成した後で、ダムはできないといって止めるんじゃないか」と予測を立てている。
設楽ダムができれば浸水被害軽減の効果があると言われながら氾濫被害を受忍させられている豊川下流の霞堤地区住民にとっては、それは噴飯ものだ。ダム建設が続行されるにしても8年の工期延長で済むとは限らない。
いったい誰のためのダム事業なのか。この事業のなり行きを見てきた伊奈さんでなくても、「責任者は誰だ」と言いたくなるのではないだろうか。