アブラハム合意に希望を見いだすアメリカのイスラム教徒
松本:第一次トランプ政権は政権の終盤に、アラブ諸国とイスラエルの関係正常化を目指す「アブラハム合意」を締結しました。中東に和平を作るための平和条約および国交正常化の枠組みです。
アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を信仰する「啓典の民」の始祖で、エルサレムに聖地のある3つの宗教が仲良くするという合意です。
しかし、実際の中身は宗教的なものではなく、ビジネスにおける合意です。
2020年8月に、石油資源などを持つ比較的裕福なアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンといった中東のアラブ諸国が、イスラエルとアブラハム合意のもとに和解しました。この時の仲介役を務めたのがトランプ前大統領でした。彼は自慢げに「私は中東の和平の使者だ」と言いました。
こうした産油国は石油が枯渇したり、石油の価値が下がったりすると経済が成り立たなくなります。ところが、石油で潤ってきたから産業がなく、産業を興す意欲も育っていない。そこで、アメリカやイスラエルの持つ技術力に頼りながら産業化を進めたい。これが、産油国が持続的に経済発展していくための道だという考え方です。
──アブラハム合意はアラブ諸国で受け入れられているのですか?
松本:パレスチナを除く湾岸の国々はアブラハム合意に積極的で、加盟する国の数も増えてきました。そしてバイデン政権になると、サウジアラビアまでもが加盟することを望み、交渉が始まりました。
これに危機感を募らせたのが、パレスチナのハマスです。だからイスラエルに昨年10月に越境奇襲攻撃を仕掛けたのではないか、という見方もあります
そして、激しい戦闘を経て、今度はイスラエルに国際社会の非難が向けられる中で、アブラハム合意の交渉を進めることは困難になり、サウジアラビアが引いて、他のアラブ諸国の交渉もペンディング状態になった。これが現在の状況です。
トランプ氏に期待しているアメリカのイスラム教徒はアブラハム合意に希望を託している面があると思います。長らく殺し合いをしてきたイスラエルとその他のアラブ諸国が、ビジネスに限られた面だけでも交渉を持てる関係になる。「さすが、アメリカ」という感覚です。
加えて、アメリカでは、民主党・共和党問わずイスラエル支持が続いています。外野がどう言おうが、その状況を変えることは困難です。
そして、バイデン政権がいくら停戦を呼びかけても、ネタニヤフ首相は聞く耳を持たなかった。イスラエルにはネタニヤフ首相に勝る右派政党があり、連立政権の中で、タカ派の意向も尊重しないわけにはいかない。
そうした中で、ネタニヤフ首相と仲がいいトランプ前大統領が、「そろそろいい加減にしろ」「とにかくアブラハム合意なのだ」とマッチョに主張したほうが、効果があるかもしれないと、考えるイスラム教徒のアメリカ人もいるのではないでしょうか。
長野光(ながの・ひかる)
ビデオジャーナリスト
高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。