「2020年代」という根拠なき期限だけが独り歩きしている
扶養枠による年収の壁との兼ね合いなど、さまざまな矛盾が生じてはいるものの、これまでのところは最低賃金の上昇によって経済活動のバランスが大きく崩されている様子はうかがえません。また、海外に目を向けると最低賃金が1500円以上の国はたくさんあります。
とはいえ、いきなり来年から最低賃金を445円上げて1500円にしたら経済のバランスは崩れてしまうでしょう。経済同友会は3年以内での引き上げを要望したと報じられていますが、それも年150円近いペースとあまり現実味を感じない数字です。
いずれ最低賃金1500円がちょうど良くなる経済環境が訪れるはずですが、タイミングはいつなのか。楽観シナリオと悲観シナリオとを分ける鍵は、そこにあります。失業率が低く抑えられている今は最低賃金を大胆に引き上げるチャンスに違いありませんが、少なくともこれまでのペースと比較すると、2020年代という期限は急な印象を否めません。
石破首相が訴えた「2020年代に全国平均1500円」は、遅くとも5年以内に実現されることを意味します。会社側は今のうちから、財務状況のシミュレーションや生産性向上策といった取り組みを進めておかなければなりません。戦々恐々としている会社は、企業規模を問わず少なくないと思います。
それらの状況を踏まえた上で気になるのは、石破首相が2020年代に実現するとした根拠が不明確な点です。なぜ2020年代なのか。そして、それは本当に可能なのか。政府はその点をしっかり説明しなければなりません。
最低賃金1500円は、これまで野党が主張してきた数字でもあります。もし根拠が不明確なまま2020年代という期限だけが独り歩きし、総選挙が終わった後に、また根拠が不明確なまま期限を2020年代から変更するようでは、選挙対策で人目を引くための放言だったと思われても仕方がないのではないでしょうか。
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【川上 敬太郎(かわかみ・けいたろう)】
ワークスタイル研究家。男女の双子を含む、2男2女4児の父で兼業主夫。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ約5万人の声を調査・分析したレポートは300本を超える。NHK「あさイチ」、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」等メディアへの出演、寄稿、コメント多数。現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。