ワールドシリーズそして日本シリーズ。野球界はいよいよシーズンの最終決戦へと突入する。
計り知れないプレッシャーと対峙するのは、プレーする選手だけではない。監督も同じだ。
本稿ではそんな「監督」の悩み、試行錯誤について、圧倒的なボリュームで大評判を呼び、重版も決定した前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』から紹介をしていく。
大谷翔平をはじめ多くの選手の信頼を得た指揮官が常に考えていたこととは――。
監督は言葉にすべきか、否か
(『監督の財産』収録「5 最高のチームの作り方」より。執筆は2016年10月)
大げさではなく、言葉というものは、自分にとって永遠のテーマといえるかもしれない。去年(編集部注:2015年)はとにかく言葉の難しさに直面した1年だった。
言葉だけじゃ伝わらないこともある、言葉にしちゃいけないこともある、そんな思いを抱いて、365日葛藤し続けた。
そして、それは今年(編集部注:日本一になった2016年)も同じだった。
5月から6月にかけて、また言葉の難しさにぶつかっていた時期、偶然、一冊の本を手に取った。ベストセラーになっていた原田マハさんの『本日は、お日柄もよく』という文庫本だ。
これはスピーチライターが主人公のストーリーなのだが、最初に出てくる結婚式のスピーチから最後の一行まで、読みながらずっと泣いていた。その時期、本当にいろんなことがあったので、言葉に悩む自分と主人公を重ね合わせていたのかもしれない。
言葉って難しいんだけど、使い方を考えればもっと価値を持たせることができるかもしれないと、その本を読んで思った。言葉から逃げるな、もっと考えろって言われている気がした。
言葉では表現できないものってやっぱりあると思う。人の魂とか、そういう言葉にできない熱いものは必ずある。
それを言葉にしようとすることで、自分が伝えようとしているものがだんだん軽くなってきているような感じがして、それが葛藤の原因になっていた。
でも、あの本に出会って、それが吹っ切れたような気がした。
最後はやっぱり言葉にしてあげなければ相手にはわからない、伝わらないということもある。魂で感じていることを、あえて言葉にするから余計にその魂が伝わるということもある。
はじめからそう思ってやってきたはずのに、あまりにもいろんなことがありすぎて、いつしか言葉なんかじゃ伝わらないくらいすごい世界なんだって割り切ろう、逃げようとしている自分がいた。それに改めて気付かされた。
また、今年は黙ること、あえて言葉を発さないことの効果を感じた場面もあった。
あることで意見が対立して、自分は絶対にダメだと思っているんだけど、相手もなかなか引き下がらない。さすがにそこまで言ってくるんだったら、こっちが妥協してやらなきゃいけないのかなと思って、僕にしては珍しくしばらく黙っていた。
すると向こうが、「じゃあ、わかりました。監督のいうようにやります」って突然納得してくれたことがあった。そのときは、それを狙っていたわけではなく、本当になんと答えていいか悩んで黙っていただけなんだけど、それを見ていてこれ以上困らせちゃいけないと思ってくれたのかもしれない。
あれは黙ることの強さみたいなものを感じさせられた出来事だった。
ケース・バイ・ケースという考え方もある。言葉でなければ伝わらないこともあるし、言葉にしてはいけないこともある。それも踏まえて、これからも言葉とは向き合っていかなければならないと思っている。
(『監督の財産』収録「5 最高のチームの作り方」より。執筆は2016年10月)