自国産業保護の高関税が世界経済の低迷を招く

 この法律は1929年10月に始まった株式市場の暴落のせいで苦境に陥った農民を守るために構想された。その後、対象は農産物以外の工業製品にも拡大され、国内産業全般を保護して恐慌を克服することが目的となった。

 数多くの輸入品に高関税が課されたことから、米国の輸入関税(平均)は40%と過去最高水準に上昇した。1931年春に米国の生産と雇用に明るい兆しが見えたことを受けて、フーバー大統領(当時)は「保護主義が正しかった」と胸を張ったが、各国も米国からの輸入品に高関税を課したため、世界貿易が停滞し、米国も含め世界経済全体が悪化するという最悪の結果を招いてしまった。

 トランプ氏の政策が実施されれば、米国の関税収入の対GDP比率は1.9%に上昇し、150年前の水準に戻るとの試算がある*1

*1米大統領選、トランプの「経済政策」に潜む重大懸念(10月8日付、東洋経済オンライン)

「1930年代の悪夢を繰り返すのではないか」との不安が頭をよぎる。

 トランプ氏が「国内で操業する企業への極端な税制優遇などを進め『製造業ルネッサンス』を実現する」と公約していることも気がかりだ。

 米国はこれまで圧倒的な国力とともに新しい国際経済秩序の構築に尽力してきたことで米ドルの覇権通貨としての地位を維持してきた。

 だが、米国が偏狭な経済体制に移行し、さらに国内政治の混乱から米国債のデフォルトを引き起こせば、1971年のニクソン・ショック(ドルの金兌換停止)と同様、ドルの国際的信認は地に落ちドルは大暴落しかねない。50年前のように国際金融市場は激しく動揺し、世界経済は極度の不振に陥ってしまう可能性は十分にある。

 このように、トランプ氏の復権がもたらす国際経済・金融面への悪影響は計り知れないのではないだろうか。

藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。