理想化された女性像が肥大化する恐怖を活写
「ゾンビ」(1978年)が資本主義社会の批評であり、「ヴィデオドローム」(1983年)がテレビなどの電子機器が生活の中に入り込んでくることへの警鐘だったように、70年代、80年代のホラー映画には、刺激的な描写の中に私たちの生きる世界への言及が隠されていた。そのことが視覚的な恐怖のみならず、鑑賞者の感情を揺さぶるスリリングな力になっていた。
映画内で繰り返し出てくるBetter Version of Yourselfの「Better」とは誰にとっての「Better」なのか、エアロビクス番組のプロデューサーが言う、They are going to love youの「They」とは誰のことを指しているのか。この曖昧な「Better」や「They」に囚われてしまうことが理想化された女性像の中身だし、それが肥大化することがSNS時代の恐怖なのだ。
私たちが2020年代に抱える恐怖や不安をホラーのジャンルを用いて描いた「The Substance」が面白くないわけがないではないか。
※日本では来年5月に公開予定
元吉烈(もとよし・れつ)
映像作家・フォトグラファー
米ニューヨークを拠点に主にドキュメンタリー分野の映像を制作。監督・脚本をした短編劇映画は欧米の映画祭で上映されたほか、大阪・飛田新地にある元遊廓の廃屋を撮影した写真集『ある遊郭の記憶』を上梓。物価高騰のなか$20以下で美味しく食べられる店を探すのが最近の趣味で、映画館のポップコーンはリーガル・シネマ派。。