父親、そして息子とも「親子鷹」という初鹿監督の立ち位置

 知徳野球部は「人柄野球」というスローガンを掲げている。初鹿監督は「技術3割、人間性7割」とよく口にする。選手たちはタイムリーヒットを打った時などに、ガッツポーズではなく、3本の指を立てて「スリーピース」を作る。親指は「感謝の心」、人差し指は「思いやりの心」、中指は「素直な心」という意味がある。

 こうしたスローガン自体は高校野球では決して珍しくはない。だが、初鹿の発する言葉には妙なリアリティがある。「高校生なので、やらされている部分ももちろんあるのですが、最近の子たちは選手主導で、変な“やらされてる感”がないんですよ」と、むしろ不思議そうに言う。

初鹿文彦監督初鹿文彦監督

 今年のチームには、小船が特別な存在であることを認めた上で、「小船のお陰でいろんな人に観に来てもらえる。これはみんなにとってもチャンスなんだぞ」「みんなで小船をプロに送り出してやろう。小船はみんなを甲子園に連れて行ってくれ」とはたらきかけてきた。

 父親でもある前監督からチームを引き継いで今年で12年目。こうした指導スタイルは、初鹿の野球人生の中で、迷いながら作り上げてきたものだ。大きな分岐点になったのは、コロナ禍の中で過ごした時間だった。

 2019年の春、長男の泰聖が中学を卒業し、知徳高校に入学。野球部に入部してきた。よく使われる言葉で「親子鷹」。初鹿の指導観に与えた影響は大きかった。「生徒のご両親の気持ちがわかるようになった」と言う。

 初鹿自身も監督だった父との親子鷹で野球をしてきた。15歳で父の下で野球をやると決めた時から、プライベートでも一度として「お父さん」と呼んだことはない。ずっと「監督さん」だった。

 それは自身が指導者になってからも変わらず、「監督」「総監督」と呼び続け、会話は常に敬語だった。「自分の中で、『お父さん』と呼ぶのは最後の別れの時だけと決めている」と言う。それだけの覚悟を持って、父親と共に野球の世界を生きてきた。