亜細亜大学の安井勇有心投手。左投げのアンダースローという珍しい存在亜細亜大学の安井勇有心投手。左投げのアンダースローという珍しい存在

 左投げのアンダースロー投手というのは、これまで野球漫画のキャラクターとして登場することはあっても、実際にプロ野球やアマチュアのトップクラスで活躍した実例は日本ではなかった(永射保はサイドスローという認識)。

 そんな“幻の生き物”のような投手が、突然、大学野球界に現れた。亜細亜大の2年生・安井勇有心(ゆうしん)投手。いったい何者なのか。なぜその投法なのか。人物と背景をクローズアップする。(矢崎良一:フリージャーナリスト)

>>【連続写真】希少な左のアンダースロー・安井勇有心選手の投球フォーム

 9月9日に開幕した秋の東都大学リーグ、亜細亜大対東京農業大戦。同点で迎えた6回裏、東農大が一死二塁のチャンスを迎えたところで、亜大は投手を交代した。ブルペンから走ってきた安井がマウンドに上がり投球練習を始めると、神宮球場のスタンドは、「えっ?」というざわめきに包まれた。

 それは初めて目にする投球フォームだった。打席から少し離れたところで見ていた東農大の打者も初めは驚き、次第に「ウソだろ?」とばかりに含み笑いを始めた。左腕で、なおかつ低い位置からボールを繰り出すアンダースローだったのだ。

 しかし、いざ打席に立つと、見たことがない角度から投じられるボールに明らかに戸惑っている。

 ツースリーのフルカウントまで5球続けてボールを見送った後、6球目の109kmの内角へのスライダーに初めてバットを出し三塁側へのファール。続く7球目、同じ内角への120km台のストレートを当てただけの三塁ゴロ。次打者は2球目の100km前後のスライダーを打たされ、詰まった三塁ライナーだった。

 見た目には「遅いボール」なのに、打者はタイミングが取れずに振り遅れている。安井は9球で左打者2人を打ち取ってピンチを脱すると、その回限りで交代した。

安井勇有心投手の投球フォーム安井勇有心投手の投球フォーム①(写真提供・亜細亜大学硬式野球部、以下同)
安井勇有心投手の投球フォーム安井勇有心投手の投球フォーム②
安井勇有心投手の投球フォーム安井勇有心投手の投球フォーム③
安井勇有心投手の投球フォーム安井勇有心投手の投球フォーム④
安井勇有心投手の投球フォーム安井勇有心投手の投球フォーム⑤
安井勇有心投手の投球フォーム安井勇有心投手の投球⑥

 安井はこの試合が公式戦初登板。スタンドの観客もガイドブックの選手名鑑をチェックするが、安井の名前は顔写真のない欄外に掲載されていて、詳細なプロフィールがわからない。

 秘密兵器? いや、シーズン前の登録メンバーから外れ、背番号をもらえなかった選手だった。そこから調子を上げて開幕戦でのベンチ入り。だから「付け番」と呼ばれる30番台以降の背番号でプレーしている。

「緊張はそんなにしなかったのですが、まさか大事な開幕戦で投げられるなんて思っていなかったし、自分が中心で試合を動かすという経験があまりないので、なんか実感が湧かないですね」と安井はデビュー戦を冷静に振り返った。

 身長177cmの左投げ左打ち。だがこの安井、字を書いたり、食事の箸を持つのは右手を使う。実は、ごく普通の右利きだという。それがなぜ左投手になったのだろうか。

 そのことを説明するには、まず彼の父親について書いておかなくてはならない。