亜大の監督が安井を評価した理由

 生田が目をつけたのは、左打者から見た、ボールの出どころのわかりにくさだった。そもそも左のアンダースロー自体がいないのだから、打者はみな見たことがない角度、軌道のボールに対応しなくてはならない。そのうえ出どころがわかりにくいから振り遅れてしまうのだ。

 入学してからも、「お前はやれる。絶対に(試合で)使うからな」と何度も言われた。安井は「あの生田監督の言葉に、すごく自信をもらえました」と振り返る。

 そして、「速い球はいらないぞ」とも言われていた。亜大は大学球界でも屈指の投手の逸材が集まってくるチームだ。周りを見たら、150kmを超える速い球を投げる投手がゴロゴロいた。

「高校時代の羽田さんもそうでしたが、みんなすごすぎて、違う生き物かよ!と思いました。でも、そこ(スピード)で勝負をしても絶対に勝てないとわかっていますから。開き直って、試合で結果を出すためにどうするのかと考えるようになりました」

 左のアンダースローが過去にいなかったということは、安井にとっては、モデルにする投手もいないことになる。安井が参考にしたのは、右と左の違いはあるが、技巧派のアンダースローとしてプロ野球でも活躍した渡辺俊介(現かずさマジック監督)だった。

 現在の安井の持ち球は、125km前後のストレートと105km前後のスライダー。これを内外角に投げ分けて配球を組み立てている。同じ軌道で来たボールが、手元に来て浮き上がるか落ちるか。ストライクゾーンは立体なので、そこでボールに「奥行き」が生まれる。「ピッチトンネル」と呼ばれる投球理論だ。

 打者の頭に105kmのイメージがあれば、125kmのストレートが、18.44メートルの間隔の中では150km以上にも感じられて、振り遅れたり、差し込まれてしまう。その125kmに振り遅れたくないと思ったら、同じ軌道で来た105kmのスライダーを、待ちきれずに泳いでしまう。

 奥行きを支配することは、アンダースロー投手にとって最大の武器であり、大袈裟に言えば野球の醍醐味でもある。安井はそれを渡辺俊介の著書を読んで知り、YouTubeなどの映像を繰り返し見てイメージを作り、紅白戦やオープン戦で実験を重ねた。チーム内の紅白戦で左打者に「どう?」聞くと、「無理だ。打てない」と言われて手応えを感じていた。

「速い球を投げたいと思った時期もあるし、投げられたら有利な面もありますが、今は140kmは必要ないと思っています。渡辺俊介さんもMAXは135kmくらいで、そこまで出せる出力を持っていたけど、125kmくらいのボールでプロの強打者を打ち取っていましたから」

 安井はそう言う。ちなみに今季の背番号「31」は、渡辺俊介の現役時代の背番号。ちょうど空いていたので、それを付け番にした。