防衛大出身の女性幹部自衛官でも、「防大や幹部候補生学校のときは体力で優劣が付けられる面があってつらかった。しかし部隊に出てみれば、仕事で評価を受けられるようになり楽になった。もしいま自分が『普通科に行け』と言われることを想像したら、とても務まる気がしない」と話す人もいる。

 能力ではない部分で、女性の戦闘職域への活用を是としない男性自衛官の意見も見受けられた。「近接戦闘を伴う職種に就くということは、捕虜になる可能性も高まるということ。男の自衛官が捕虜になったと仮定すると、たとえ最悪の結末を迎えたとしてもおそらく部隊の士気は上がる。しかし女の自衛官が捕虜になり、凌辱ののちに殺されたとなると、士気の著しい低下は避けられない」といった理由だ。

 女性自衛官にとって、男性自衛官は“仲間”でしかない。だが男性自衛官にとっては、そもそも論として「女性は守るべきもの」という価値観が強固に根付いていることが多い。だからこそ、同じ仲間であっても、「男として守らなければいけない女を敵に奪われた」という事実が彼らを打ちのめすのだ。

女性ばかりに育児の負担が重い状況は自衛隊でも同じ

「普通科を含む戦闘職種に進む女性なんて、ごく一部にすぎない」という指摘もあるだろう。そこでもっと広汎に目を向けると、女性自衛官が増えてきたことで何より顕在化したのは、育児に関する問題だ。女性自衛官の場合、伴侶となる男性は圧倒的に男性自衛官が多い。同僚同士で結婚して子どもが生まれ……となるのはもちろんめでたい話だが、そこで多くの女性自衛官が壁にぶつかっている。

 本来は仕事と同じく、子育てについても男女わけへだてなく担うべきだ。ないしは女性が主たる働き手であってもいいだろう。だが現実は、ともにフルタイムで働いていても、女性ばかりに育児の負担が重い社会となっている。その状況は自衛隊でも同じだ。

 自衛隊ではいま、女性の活躍推進に力を入れている。それは決して嘘ではない。現在全国に8カ所の託児施設があり、フレックスタイムや短時間勤務なども取得することができる。「制度が整っていて周りにも理解がある。だからなんとか続けていられる」という声も少なくない。

 子どもを持った女性自衛官の中には、「子どもの世話があるので転勤はしたくない」「子どもの面倒を見る人がいなくなるので船には乗れない」と話す人は多い。だがとくに幹部自衛官であれば、転勤も多く長時間労働も常態化しており、身軽に動くことのできる人材が求められる。

 そしてそのような人材の枠から外れた女性たちに、不満を覚える人たちもいる。民間でもありがちな「自分にしわ寄せがくる」といった不満に加え、「ここは軍事組織だ。平時はまだしも、有事のときに『子どもがいるので行けません』とでも言うつもりなのか」といった自衛隊特有の思いもある。

「育児との両立ができない」と自衛隊を去っていった女性は本当に多い。子どもが小さいうちに離れるケースだけでなく、ある女性は子どもが中学生になってから自衛隊を離れた。それは、「そろそろお前も転勤を受け入れて、自衛隊にちゃんと貢献しろよ」と言われたことがきっかけだった。「中学生なんてまだまだ手がかかる。それに子どもを抱えているからこそ、勤務時間内には人一倍努力し、成果も出してきたつもりだった。ただダラダラと部隊に残っている人は評価されるのに、私の努力は評価されないのか……」。それが許せなかった。

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