結果自衛隊に残るのは、「子どもがいても仕事をがんばります!」と言える“強い”女性か、ごく一部の「だって制度がそうなってるんだから、文句は国に言ってよ」と言える、これもある意味“強い”女性、そして「本当に男性自衛官のおかげで仕事ができています」と“謙虚”に話す女性が多くなってしまうことは、自然の帰結ではないだろうか。

 そして若い女性自衛官たちは、「ロールモデルがいない」と愕然とする。キラキラと輝く強い女性自衛官を見ては、「自分はああはなれない」と思う。なんとかもがきながら子どもと向き合い、育児に手がかかる時期を脱したことで、「これからは仕事で恩返しをするんだ!」と誇りと充実感を持って仕事に当たっている女性もいる。ただ、これから家庭を持とうとする女性たちにとって、その姿は自分からまだ遠すぎて響かない。

残存するセクハラ問題

 最後に、自衛隊のセクハラ問題にも触れておきたい。一般の方から、「自衛隊が必要なのはわかるが、最近のセクハラ報道を見ていると、自分の娘を入れるのは嫌だと思ってしまう」と聞くこともある。その念頭にあるのは、五ノ井里奈さんに対する悪質な性被害事件だ。

 決して擁護するわけではないが、この事件に対しては当の自衛官たちも衝撃を受けた。このとき多くの現役自衛官に話を聞いたが、「あんなひどい話は聞いたことがない」「男性隊員は厳粛に処罰されるべき」というのが共通した見解であった。「いまは『これはセクハラに当たらないか』とびくびくしながら女性自衛官に接している」「すぐに通報されてしまうから、言動には気を付けないといけないと思っている」と話す男性自衛官の姿もまずまず見られる。

 とはいえ、セクハラがゼロというわけではない。身体を触る、容姿をけなす、執拗に迫るといった悪質で許しがたいセクハラも少なからず存在している。また「男性だけのノリで話していたところ、それがセクハラと受け取られてしまった」というような、悪意のないようなセクハラもある。そして組織内の結束が強いがゆえに、上官に相談したところで「あいつも悪意があってやったわけじゃないから……」といった加害者側をかばうような言動が見受けられることもある。

 ただ、少しずつ意識は変化している。少なくとも現在30代後半の筆者の同期の世代では、「セクハラなんてきょうびありえない」といった“普通”の感覚を有している。近頃はハラスメント防止にも力を入れている。教育を徹底し、セクハラ事案が発生した場合には厳正に対処する、それを繰り返していくしかない。

数が増えれば意見の重みは増していく

 このように女性自衛官はいろいろな困難を抱えているわけだが、それでも筆者は、自衛隊において女性を増やしていくことに賛成している。自衛隊には、ほかでは味わえないやりがいがある。数が多くなれば、その意見の重みは増す。ロールモデルも見つけやすくなる。セクハラも減っていくだろう。女性が働きやすい職場は、男性も働きやすい職場になるはずだ。また、平素からマイノリティ側に追いやられがちな女性の視点を取り入れることは、作戦上においても新たな視点を見出すことにつながっていくはずだ。

 自衛隊で女性が働き続けられるための制度が整ってきたことは高く評価する。けれどいまは、女性が自衛隊に増えることのメリットや、出産・育児などで抜けてしまったときにどうするかなどについて、明確に語られているわけではない。「他省庁と横並びの女性活躍推進」ではなく、「自衛隊の女性活躍推進」施策を考えていくことが、いま強く求められている。

松田小牧
(まつだこまき) 1987年大阪府生まれ。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。 陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、株式会社時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事部を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。近著に『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)、『定年自衛官再就職物語 セカンドキャリアの生きがいと憂うつ 』(ワニブックスPLUS新書)。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
世論を背にするイスラエル、「ハマスと心中するつもりはない」ヒズボラ――エスカレーションとジレンマの危うい構図
大規模空爆は「対ヒズブッラー」転進へのターニングポイントか:ガザと逆相関で増すイスラエル「第三次レバノン侵攻」の現実性
深圳・男児刺殺事件と「日付」のタブー――日本人が気付いていない現代中国の歴史感覚