リスクを理解し、ベネフィットとのバランスで考える

 ワクチンの安全性や有効性の審査は、臨床試験によって検証され、統計学的に安全なのか、有効なのかが慎重に確かめられることになる。

 先述したように、客観的にデータを検証すると、今回の臨床試験や審査報告書に基づけば、210日目までの安全性は確認されたといえるのではないかと、筆者は考える。過度に不安視すべき内容ではない。

 もちろん、死亡が出ていることなど、健康への悪影響の可能性は完全には否定できない。ワクチンと健康への影響の因果関係については、引き続きワクチン接種を受けた人たちを慎重に観察しながら安全性を評価していく姿勢も重要だろう。

 審査報告書までのデータでは、安全性と有効性が確認されたとはいえ、参照できるのは210日目までのデータに限られる。これから先の情報は不足しており、未確認のリスクが存在することは事実だ。その上で、利用するかどうかをベネフィットを考えながら、判断することになる。

 未確定のリスクがあるのは事実であり、慎重に自ら必要とするかを判断することは理にかなっている。

「リスクベネフィットの観点からいうと、コロナウイルスで重症化するリスクの高い人にとっては、一般的にワクチンのベネフィットが大きいと考えられます。レプリコン・ワクチンについても、リスクの高い人にとってはベネフィットが高くなりますから、未確認のリスクの可能性を踏まえても、接種の有用性はあるといえるでしょう。一方、感染による重症化リスクが低い小児や健康な成人などでは、ベネフィットが不明確な点があるため、未確認のリスクを踏まえて、推奨されないという判断になります」と石井氏は説明する。

 10月1日から始まる定期接種において、レプリコン・ワクチンの対象者は65歳以上の高齢者と、60歳から64歳のリスクの高い人とされている。対象者は公費による助成がある。一方で、それ以外の人たちは任意接種となり、公費による助成はなく自費負担となる。

 また、日本でのみ承認された点について、他国で未承認であることが懸念される場合もある。

 石井氏は、「逆に、日本で承認されていない医薬品が、米国や他の国々で先に承認されている例はよくあります。これは各国の規制当局の判断基準やプロセスの違いに基づくもので、日本で承認されていないからといって、その医薬品やワクチンが危険だと決めつけるのは論理の飛躍でしょう」と述べる。

 各国で承認申請が進められている中、日本のみで承認された背景には、最近の日本における医薬品承認プロセスの高速化が関係していると思われる。

 かつて、ドラッグラグと呼ばれ、日本では医薬品の承認が長期間遅れていたことが問題視されていた。漫画「ブラックジャックによろしく」ではドラッグラグが苦々しいものとして描かれていると思うが、今回のワクチン承認が早すぎるという問題は隔世の感がある。

 前提として、原典情報のある客観的なデータを踏まえて判断する必要がある。その上で、未確認のリスクについて理解しながら、接種を受ける本人の健康リスクを踏まえて、ベネフィットを判断し、是々非々で接種の必要性を判断することが重要である。

【参考文献】
Hồ, N.T., Hughes, S.G., Ta, V.T. et al. Safety, immunogenicity and efficacy of the self-amplifying mRNA ARCT-154 COVID-19 vaccine: pooled phase 1, 2, 3a and 3b randomized, controlled trials. Nat Commun 15, 4081 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-47905-1
審議結果報告書

星 良孝(ほし・よしたか)
ステラ・メディックス代表取締役/編集者 獣医師
 東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPにおいて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年に会社設立。獣医師。
 ステラ・メディックス:専門分野特化型のコンテンツ創出を事業として、医療や健康、食品、美容、アニマルヘルスの領域の執筆・編集・審査監修をサポートしている。また、医療情報に関するエビデンスをまとめたSTELLANEWS.LIFEも運営している。
@yoshitakahoshi
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