「羽生結弦」ブランドを復興に活かす

 ニューズウィークのインタビューの中で、羽生さんはこんな言葉を語っていた。

「競技時代は利己的というか、自分が出した結果によって感じる幸せがもっともっと強かったです。(中略)僕がみなさんのために一生懸命費やしてきた時間やエネルギーが、みなさんの笑顔や感情に直結したときがやっぱり一番幸せだなって思えてくる。プロになって余計にこういう性格になりました」

 2011年は16歳だった青年は、復興へ歩みを進める地元に対して、政府などの支援を見つめる立場でしかなく、自らが支援活動を率先して行うことはできなかった。今は違う。五輪2連覇、絶対王者として国内外に浸透する絶大な「羽生結弦」ブランドがあり、自らの思いに賛同してくれるファンがいる。背中を押してくれる。

2011年5月7日、愛知県豊橋市で開催されたフィギュアスケート チャリティー演技会にて(写真:アフロスポーツ)

 被災者へ寄り添う温かな心と、自らの思いを氷上で体現できる唯一無二の演技で、同じベクトルを向く仲間のスケーターたちと支援の輪を広げることもできるようになった。

 手にした名声を自らに振り向けるのではなく、自分を少しでも必要としてくれている人たちへ還元する――。この思いが、慌ただしい時間の合間を縫ってでも、被災地と向き合う活動へとつながっているのだろう。

 東日本大震災直後にスケートを続けるために被災地を飛びだしたときのような悲壮に満ちた使命感ではなく、ささやかであったとしても幸せや喜びを注いでいきたいというポジティブな感情で震災に思いを馳せ、行動する――。羽生さんのプロスケーターとしての矜持が、ここにもある。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授
1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。