「選挙」が有権者の心理に悪影響を及ぼす

 この結果は、ある意味で当然のものと言えるかもしれない。一般の人々にとって、選挙とは自らの推す候補が勝つか負けるかの大勝負であり、彼らに有利なニュースが真実であって欲しいと願うのは当たり前の心理状態だろう。

 しかし選挙は決して、どちらが正義かを競う競争でも、ましてや相手陣営を完膚なきまでに叩き潰すための戦争でもない。政策を立候補者という形で競わせ、何が社会にとって重要なアジェンダ(政治課題)なのかを議論したり、それに対してどのような選択肢を取るのが望ましいかを考えたり、さまざまな利害関係を明らかにしたりするのが望ましい選挙の姿だ。

 ところが選挙の持つ「競争」という側面がクローズアップされるあまり、これは勝負なのだと捉えられ、今回紹介したような実験結果をもたらす心理状態が生じてしまっているのだろう。それは落選した候補者が、議員という「地位と職業」をすべて失うという制度設計にも問題があるのかもしれない。

 あるいは選挙期間が一般に短期間であるために、主張を浸透させるためには、敵と味方という分かりやすい対立構造を生み出すのが効果的だという側面もあるだろう。いずれにしてもこのままでは、選挙という制度自体が、それを土台とするはずの民主主義を揺るがすということになってしまう。

 だからといって、選挙制度を改革するというのも簡単な話ではない。ただ今回の実験結果は、もうひとつの対策を私たちに提示してくれる。それは「有権者に冷静な判断をしてもらうには、選挙期間を避けて情報提供するという取り組みを、長期にわたって続けるべき」というものだ。

 どうしても選挙期間には頭に血が上ってしまうというのなら、その期間に慌てて有権者に情報を提示しても手遅れだ。彼らが客観的に情報の真偽を考えてくれる、選挙期間以外の時間に地道な働きかけを続けるしかない。

 また今回の実験では、一般的な傾向として、古いニュースになればなるほど真偽の判断能力が低下することも明らかになっている(これも当たり前の話だろう)。それを避けるためにも、古くなったニュースを定期的に思い出してもらうという、継続的な取り組みが求められる。

 冒頭で紹介した米CISAのレポートでも、生成AIによる選挙への悪影響を回避する施策のひとつとして、「地元メディアやコミュニティリーダーとの関係を構築し、正確な情報を広めることに取り組む」というものを提案している。

 フェイク・コンテンツ、特に選挙中のフェイク・コンテンツに対して即効性のある薬はない。地味なようだが、日々のコミュニケーションを着実に進めるというのが、何よりの特効薬になるのかもしれない。

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【小林 啓倫】
経営コンサルタント。1973年東京都生まれ。獨協大学卒、筑波大学大学院修士課程修了。
システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米バブソン大学にてMBAを取得。その後コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業、大手メーカー等で先端テクノロジーを活用した事業開発に取り組む。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』『ドローン・ビジネスの衝撃』『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『ソーシャル物理学』(草思社)、『データ・アナリティクス3.0』(日経BP)、『情報セキュリティの敗北史』(白揚社)など多数。先端テクノロジーのビジネス活用に関するセミナーも多数手がける。
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