【目的7】講和論に対する牽制

 戦闘が膠着し長期化していることで、まだ少数ながら、ウクライナ内でも講和すべきとする意見が増えています。

 ウクライナを支援する各国では、ウクライナ国内以上に、ウクライナは領土の割譲を認めて講和すべきとする意見が増えています。特に、アメリカ大統領選挙後には、アメリカが講和を主導する可能性も懸念されていました。

 この領土割譲、講和論を牽制するために、ウクライナが越境攻撃を行ったとする見方も強くあります。

 事実、越境作戦が行われた以後、こうした講和論はなりを潜めています。講和論は「ウクライナを支持するものの、勝てないのなら講和致し方なし」というものだからです。勝てる、あるいは、再び膠着するものの領土交換できる可能性があるなら、侵略者がロシアであることは明らかな以上、講和を迫るわけにはいかないということです。

 この背景には、ロシアが自国領土内への侵攻をレッドラインだと言ってきたことから、越境が即座にエスカレーションにつながる、との見方があったと思われます。

 しかし、ロシアがことさらレッドラインだと発言する理由は、ロシア、もっと言うならプーチンが何としてもそれを避けたいと考えているからです。エスカレーションを行い、大規模動員や核の使用を行えば、国内情勢の悪化やNATOの参戦という、より悪い結果をもたらすとの考えがあったからでしょう。

 ウクライナ国民のほとんどが、第1、あるいは第2言語としてロシア語を操ることができます。戦争中ではあっても、どの国よりもロシア国内の情勢に精通しているが故、ロシアの反応を予測し、ロシアがエスカレーションを行えないことを読んだ上での作戦決行だったと思われます。

 越境攻撃後のロシアの反応が注視されていましたが、プーチンは、この越境攻撃をテロと呼び、逆侵攻を受けた戦争だとすることはできませんでした。これは、極めて重要なことです。プーチンは、独裁者であっても、絶対権力者ではありません。軍事侵攻を受ける弱い指導者であっては、国民の支持を失い、権力闘争で排除されるからです。

ウクライナ側を利することになる戦略変更

 以上、ウクライナが越境攻撃を仕掛けた7項目の目的をあげましたが、どれが正解ということはなく、恐らくこれら全てを目的とした、複合目的の作戦だったと思われます。

 越境攻撃は、軍事的にも、政治的にもリスキーな作戦でした。しかし、状況は順調に進展し、少なくとも越境攻撃自体はアメリカも追認するに至っています。まだ、進展を静観しなければならない段階ではありますが、戦線の拡大による局地的な戦力バランスの改善は、大きな戦略変更としてウクライナ側を利することでしょう。

 なお、ザルジニー氏からシルスキー総司令官への交代ニュースは、ちょうど半年前の2月でした。クルスク攻撃の規模を考えると、準備に半年くらいは必要に思えます。今から考えれば、ではありますが、越境攻撃に反対するザルジニー氏から、賛成するシルスキー氏への交代だったのかもしれません。