【目的4】戦力の誘引と内線作戦の利

 ウクライナ軍の越境に対応するため、ロシア軍はウクライナ東部や南部の前線から部隊を引き抜き、クルスクに移動させています。東部での戦闘では、ウクライナ軍の苦境が伝えられていたため、これらの地域では、多少なりとも戦力バランスが好転するでしょう。

 しかも、この誘引で、ウクライナ軍は「内線作戦」の利を活かそうとしています。「内線作戦」および「外線作戦」は、軍事における相反した概念で、部隊配置としては包囲、あるいは半包囲状態の場合に当てはめることが可能な概念です。

内線作戦、外線作戦の概念図
青が内線、赤が外線作戦を採る軍。青の内線作戦では、単一ないしは少数の根拠地から前線を維持する。赤の外線作戦では、複数の根拠地が必要(Los688, Public domain, via Wikimedia Commons)

 ロシアによるウクライナ侵略では、ウクライナを国ごと半包囲する形のロシア軍が外線作戦、ウクライナが内線作戦となります。包囲することで、外線作戦を採るロシア軍は、ウクライナが西側を除くほぼ全方位の脅威に備えなければならない状態とし、ウクライナ軍を苦しめています。

 しかし、内線作戦を戦うウクライナは、戦力の移動が容易です。それによって防御の薄い場所を攻撃したり、戦力を集中させることで局地的な優位を作り出し、各個撃破を図ることができます。

 今回の越境は、まさにこれでした。スーミの前面に展開していたロシア軍は、まだ未成年さえ含まれる徴集兵が大半で、ウクライナ軍は部隊をスーミに機動、集中させ、塹壕陣地を突破して支配領域を拡大しています。

 ロシア軍は、クルスク州に戦力を集めようとしていますが、ウクライナ南部に展開している部隊であれば、1000km以上もの距離を移動しなければクルスクにはたどり着けません。しかも、前述の鉄道網が麻痺寸前の状況で越境攻撃が実施されたため、移動に時間を要しています。結果的に、ロシア軍は5000人程度の兵力しかクルスクに集められずにいるようです。移動中の部隊は、いわゆる遊兵で、クルスクにたどり着くまでは、一時的に戦力が減少していることになります。

 そして、戦力集中に苦慮するロシア軍は、クルスク州で支配領域を広げるウクライナ軍に対して、到着した部隊から対応させざるを得ず、いわゆる戦力の逐次投入を余儀なくされています。

 ウクライナ軍は、この逐次投入された部隊を、前述のように少数歩兵の偵察と長射程兵器によって攻撃しています。