『源氏物語』の一場面が描かれた絵巻物『源氏物語』の一場面が描かれた絵巻物(12世紀制作、写真:GRANGER.COM/アフロ)

『源氏物語』の作者、紫式部を主人公にした『光る君へ』。NHK大河ドラマでは、初めて平安中期の貴族社会を舞台に選び、注目されている。第29回「母として」では、まひろ(紫式部)の夫・藤原宣孝が突然、病によって死去したと知らされて呆然とする。一方、宮中では、藤原道長の姉・藤原詮子の死期が近づいていた……。今回の見どころについて、『偉人名言迷言事典』など紫式部を取り上げた著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

型破りだが憎めない性格だった藤原宣孝

 複数の妻を持ち、子どもも数多くいる中年男性が、20歳も年下の元同僚の娘に手を出して、結婚する──。

 平安時代のこととはいえ、こういう人物を好意的に描くのはなかなか難しい。紫式部の夫、藤原宣孝(のぶたか)のことである。

 しかし、今回の大河ドラマ『光る君へ』は、女癖の悪い宣孝を、豪快で心の広い人物として描くことに成功。今回の放送でこの世を去ることになったが、SNSでは「宣孝ロスになりそう……」という嘆きさえ飛び交っている。

>>【写真】SNSで広がる「宣孝ロス」(藤原宣孝役の佐々木蔵之介さん)

 史実における宣孝も、サービス精神が旺盛で周囲を楽しませる性格だったようだ。長保元(999)年11月11日に、賀茂臨時祭の調楽が行われた際には、舞人の長「人長」を務め上げて、蔵人頭の藤原行成(ゆきなり)から「甚だ絶妙であった」と評価されている。

 同時期に、神社に参向して神々に対して幣帛(へいはく:神社で神前に奉献するもの)を捧げる「宇佐八幡宮の奉幣使」という大役を任せられていることからも、何かと頼りになる男だったのだろう。

 その一方で「おいおい」とツッコミたくなる言動も記録として残されている。

 紫式部と結婚する前には、手紙の上に朱を振りかけて「涙の色を見てください」と猛烈アピールし、式部から「紅の涙などというと、ますます疎ましく思います」とドン引きされているし、いざ思いが届いて結婚したかと思えば、知的な若い妻を自慢したかったのか、もらった手紙を周囲に見せびらかせては新婚早々、夫婦げんかになったこともあった。しまいには姿を現さなくなり、紫式部に寂しい思いをさせるのだから随分と身勝手だ。

 ドラマでは宣孝を好意的に描く一方で、そうした無神経なところや冷たい一面もしっかりと描いていたように思う。まひろとの結婚をわざわざ藤原道長に自分で報告してニヤニヤしたときには、SNSで「性格が悪すぎる!」との声が相次いだ。

 それでいて、その死が惜しまれるほどに視聴者が宣孝に好感を持ったのは、まひろが産んだ賢子(かたこ)のことがあったからだろう。

 ドラマでは、この賢子が実は、紫式部が道長との逢瀬によってできた子どもという設定になっている。宣孝はそれに気づいていながらも、素知らぬ顔で妊娠を大喜びし、まひろから真実を告げられてもなお「わしのお前への思いは、そのようなことで揺るぎはせぬ」と態度を全く変えなかった。

 宣孝という人物の厄介な部分もきちんと描きながら、最終的には惜しまれる人物として描けているのは、脚本の力だろう。

 思えば、紫式部の母を殺した藤原道兼ですらも、ヒール役に終わらせずにその心境の変化をしっかりと描いて、死期が近づく頃には視聴者に感情移入させているのだから、つくづく見応えがあるドラマだと思う。

 今回の放送では、道長を呪詛するという相変わらずの野心家・藤原伊周(これちか)もまた、人物像の掘り下げが地道に行われている。実際には、寛弘6(1009)年に、一条院の内裏から、祈祷などの際に用いられる道具が見つかり、伊周らが呪詛への関与を疑われることになる。今後の展開として、懲りない伊周の行く末も気になるところだ。