えさし藤原の郷(岩手県奥州市)えさし藤原の郷(岩手県奥州市)

 NHK大河ドラマ『光る君へ』では、これまで「栄華をむさぼった貪欲な最高権力者」というイメージが強かった藤原道長のイメージを刷新させ、好評を博している。一方で「本当に道長はこんな好人物だったのか?」という疑問の声も上がるなど、史実における道長の実像についても、関心が高まっているようだ。果たしてどんな人物だったのか。

(*)本稿は『実はすごかった!? 嫌われ偉人伝』(真山知幸著/日本能率協会マネジメントセンター)の一部を抜粋・再編集したものです。

傲慢な道長の意外な素顔とは?

 藤原道長は、平安時代に栄華を極めて、わがまま放題に振る舞った権力者として知られている。

 自分の娘を次々と天皇のもとに送り込み、孫を産ませては、自分の権勢を確固たるものにした。気に食わなければ、天皇でさえも退位に追い込んだというから恐ろしい。

 権力マックスの頃に詠んだ「この世をばわが世とぞ思ふ~」は、道長のゴーマンぶりを表す和歌として語り草になっている。

>>藤原道長はどんな気持ちで「この世をば~」の和歌を詠んだのか

 ああ、一度くらいは道長のように、何でも自分の思い通りにコントールしながら、優雅でのんびりとした暮らしをしてみたいものだよなあ……。

 道長はそんなふうに思われがちだったが、日記などの文献を読み解くと、印象がガラリと変わる。実はかなりのハードワーカーで、メンタル的にも繊細な部分があったようだ。

提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート