東京の人口がゼロになれば出生率は上がる?

教授 こうした出生率をめぐる解釈の問題は、ニッセイ基礎研究所の天野馨南子・人口動態シニアリサーチャーも数年前から指摘していたものです。

 日本の出生率が低迷しているのは、何も東京だけに原因があるのではなく、そもそも東京以外の出生率も低いのです。仮に東京都の人口がゼロになったとしても、日本全国の合計特殊出生率は1.20から1.23までしか上昇しません。

 直近(2022年)の日本全国の出産可能人口(15歳-49歳の女性人口)は2414万人、東京都の出産可能人口は295万人ですから、東京都以外の出産可能人口は2119万人です。東京都を除いた合計特殊出生率の平均(=Z)は、以下の計算式で求められます。

1.20(全国の合計特殊出生率)=0.99(東京都の合計特殊出生率)×295万(東京都の出産可能人口)÷2414万(全国の出産可能人口)+Z×2119万(東京都を除く出産可能人口)÷2414万(全国の出産可能人口)

 この式を解くと、Z=1.23となります。

 これは、仮に東京都の人口がゼロになっても、日本全体の合計特殊出生率は1.20から1.23までしか上昇しない、ということを意味します。

 もちろん、東京都の人口がゼロになることはあり得ないし、仮にあるとしてもその分地方の人口は増えるから、実際には上記の式通りにならず、あくまで極端なケースを想定した計算です。ただ、日本の合計特殊出生率が低い理由が東京だけにあるわけではない、ということは理解していただけるのではないでしょうか。

学生 なるほど。

教授 2014年に地方創生の施策が始まってからも、日本全体の合計特殊出生率は低下傾向です(図表3)。2015年の合計特殊出生率は1.45だったのに対し、2022年には1.26まで低下しており、地方創生が出生率に及ぼす効果の検証も不可欠です。

図表3:日本全体の合計特殊出生率の推移 (出所)厚生労働省「人口動態調査」データから作成(1990~2022年)図表3:日本全体の合計特殊出生率の推移 (出所)厚生労働省「人口動態調査」データから作成(1990~2022年)
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 日本経済新聞社の社説(2024年4月25日)は以下のように述べています。

「地方創生は地方への移住を重視したため、自治体間の人口争奪を促すにとどまり、全体の出生率向上につながっていない。人口対策としては出生数の3分の1を占める首都圏の少子化対策が別に必要だ。地方の持続性を高める政策は、人口問題と切り分け、両輪として取り組むべきである。報告によると『消滅可能性自治体』は前回の14年の896から744に減った。厳しい状況は変わらないとみるべきだが、それはどの自治体も身に染みていよう。危機感をあおるショック療法を何度も使うのは感心しない」

 私はこれこそ正論ではないかと思います。

 人口戦略会議や政府の議論では、地域別合計特殊出生率をもとに「東京ブラックホール」という言葉を使い、東京一極集中の是正を掲げるケースも多いのですが、データの取り扱いに留意しながら、適切な判断を行い、政策を打つ必要があるでしょう。

小黒一正
(おぐろかずまさ) 法政大学経済学部教授。1974年、東京都生まれ。97年京都大学理学部物理学科卒業。同年、大蔵省(現・財務省)入省、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、15年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー、内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局「新技術等効果評価委員会」委員、日本財政学会理事、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。専門は公共経済学。著書に『2050 日本再生への25のTODOリスト』『日本経済の再構築』『薬価の経済学』『財政学15講』等がある。

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