日本の公教育の現場では、教員のなり手が減少の一途を辿っている。2023年度(2022年度実施)の公立学校教員採用試験の倍率は3.4倍と、過去最低を記録した。その背景には「定額働かせ放題」などと揶揄されている残業代なしの長時間労働など、教員のいわゆる「ブラック」な労働環境があると考えられる。
もちろん、文部科学省もあの手この手の策を打とうとしている。2024年5月24日に、文部科学省の中央教育審議会(以下、中教審)の特別部会は、審議のまとめとして、教員確保のための環境整備に関する総合的な方策を公開。教員の給与増をはじめとする、多岐にわたる対策案を打ち出した。
今回の対策案は残業減を実現し、教員のなり手の減少、教員不足に歯止めをかけることができるのか。氏岡真弓氏(朝日新聞 編集委員)に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
──今回の対策案には、教員の処遇改善として、残業代の代わりに給与に上乗せされる教職調整額を基本給の4%から10%以上に引き上げることが含まれています。なぜ文部科学省は実働の残業時間に基づく残業代の支給ではなく、教職調整額の引き上げという選択をしたのでしょうか。
氏岡真弓氏(以下、氏岡):教員の業務は、管理職である校長が「これは残業である」と線引きをすることが難しいものが多々あるという意見が中教審で相次ぎました。
しかし、予算の裏打ちがなければ政策の実効性はありません。公立校の教師に残業代を支給しようとすると、1兆円以上かかるという試算があります。一方、教職調整額を4%から10%に引き上げた場合にかかる費用は、約1150億円と10分の1程度ですみます。残業代支給と比較すると、現実的な金額です。
政治的な問題もあります。教職調整額の引き上げは、2019年から2021年に文部科学大臣を務めた萩生田光一氏の特命委員会が提案しました。萩生田氏と言えば、安倍派の重鎮です。今、永田町では、裏金の問題で安倍派に対して猛烈な逆風が吹き荒れています。
そのような状態で、萩生田氏の委員会の教職調整額の引き上げが実現できるのか否かは未知数です。
──仮に、教職調整額が基本給の4%から10%に引き上げられた場合、教員の給与はいくら増えるのでしょうか。
氏岡:様々な試算がされていますが、月1万数1000円から3万円増程度と見込まれています。その程度の給与増で、これまでと同等の残業時間がまかり通るのか、と感じている現場の教員も少なくありません。
また、今回の審議のまとめでは「10%以上」とした根拠がはっきりと示されていない、という点に違和感を覚えます。
教職調整額を定める「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、給特法)が施行されたのは、1972年のことです。この時代の教員の残業時間は、月8時間程度でした。それに相応しい額として「基本給の4%」が教職調整額として設定されたのです。
令和4年度の教員勤務実態調査より推計した教員の1カ月の残業時間は、小学校で約41時間、中学校で約58時間。ここ数年でかなり改善はされましたが、月40時間を超える残業に対し、「基本給の10%」が残業代として果たして適切か、疑問に感じます。
また、今回の教職調整額の引き上げが、学生の教職離れの抑止力になるのか、ということも非常に気になります。
2021年4月には、改正給特法が施行されましたが、教職調整額に変更はありませんでした。中教審のテーマには上がったのですが結論が出ずに、3年後にもう一度検討するということで棚上げになったのです。
私が取材した学生の中には、教職調整額の廃止を期待して、大学院に進学した人もいました。よりよい環境、給与で教員として働きたいと考えていたのです。彼は、今回の審議のまとめについて「非常に残念だ」と語っていました。
給与増は「教職が社会から評価されている」「社会的に強いニーズがある」という受け止め方もできます。したがって「自分は絶対に教員になるんだ」という強い希望を持つ学生にとって、教職調整額増は魅力的なものだと思います。
ただ、教職に就こうか、一般企業に就職しようか悩んでいる学生が非常に多いのが現状です。そのような学生の背中を押すには、今回の教職調整額の引き上げは、ややインパクトが弱いのではないかと感じています。