「小さな国の大きな夢」をWBCで結実させたチェコ代表チーム。大会後、チェコの野球への関心が、日本国内でも少しずつ高まってきている。この「チェコの野球」と、早くから草の根で接点を築き、発展を願い続けてきた一人の日本のビジネスマンがいた。(文:矢崎良一、企画原案:斉藤佳輔)
◎第1話「仕事と野球の二刀流で世界の野球ファンを虜にしたWBCチェコ代表、そのサクセスストーリーの原点にある大谷翔平との邂逅」
世界有数の会計事務所であるKPMGの日本におけるメンバーファーム、あずさ監査法人のチェコ駐在員としてKPMGチェコの監査部門に勤務していた斉藤佳輔が、チェコ代表の主力選手の一人フィリップ・スモラに初めて会ったのは2022年11月のこと。チェコがWBC本戦への出場権を勝ち取ったレーゲンスブルク(ドイツ)の予選ラウンドから約2カ月が経った頃である。この時スモラは、まだKPMGに入社したばかりの新人アナリストだった。
KPMGチェコの社内報にスモラのインタビュー記事が掲載されたことで、斉藤はこの同僚の存在を知り、二人は頻繁に食事に共にするようになった。週末にキャッチボールを楽しむこともあった。
スモラは「WBCに出場できるなんて夢みたいだ。しかも、日本と対戦できるなんて本当に信じられない」と興奮を抑えきれない様子で何度も口にした。そして、「試合後にサインをもらうことはできないだろうか」と、無邪気な野球少年のように話していた。
WBCのために東京(日本)に向かう前日、スモラは斉藤に、いよいよ戦いに臨む胸の高鳴りと同時に、少し寂しげにこんな言葉を漏らしている。
「It's funny you are probably the only one in this company to know how crazy it is to go to Tokyo」(私が東京に行くことがどれほどとんでもないことかを、ちゃんとわかっているのは、おそらくこの会社の中であなただけだ)
彼らの職場であるKPMGプラハ事務所には、900人ほどの職員が在籍していた。しかし、スモラの野球での活躍に興味を持つ者はほとんどいなかった。そもそもチェコという国には、野球を知っている人がそんなにいない。