景気が悪いのにインフレ、通貨安で株高、途上国の仲間入り

──財政の持続性の問題になりますから、深刻ですね。あと、本の中の株価が上昇している国のランキング。これもショッキングです(図表④:株)。一般には、「景気が強いと株価は上がる、景気が悪いと株価は下がる」とされています。実際に、米国の株価上昇は米国経済の強さの表われだと考えられています。しかし、この図を見ると、そうではないケースがあります。

世界の主要株価指数(上昇率トップ10)
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唐鎌:日本の株価上昇は景気が良いからではなく、明らかにインフレの賜物という印象が強いです。今の日本は株、不動産、外車、宝飾品などが軒並み上がっています。一方、通貨は急落しています。これらを一言で説明できる経済現象がインフレです。

 インフレ体質の国では自国通貨が下落しやすいですから、自国通貨建てで見た株価は押し上げられやすくなります。現に、株価が急騰している国を並べて見るとアルゼンチンやトルコやナイジェリアといった錚々たる面々です。これらの国の通貨はすべからく対ドルで急落しています。

 2024年に入ってからの日経平均株価指数のパフォーマンスはこれらの国に近いものでした。通貨が急落して株価指数が急騰する。あまり先進国では見られない症状です。かつて先進国と途上国の間の国として中進国というフレーズがありましたが、日本はそれに嵌まっているのでしょうか。確証はありませんが、状況証拠は揃いつつあるように思います。

──日本の競争力が低下したことで、通貨安の国になっている実態が明らかになりました。『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』はさらに「では日本は何をすべきなのか」という処方箋にも触れています。詳しくは、本で読んでいただくとして、国内に直接投資を呼び込むことが重要だと指摘されていますね。

唐鎌:民主主義的な先進国の間で、地政学的な理由で中国が避けられ、日本への投資が増えていることは追い風です。ただし、安定した電力供給の問題や人手不足をどうするかといった課題に応えていかなければなりません。

 企業買収という形での投資もしやすくなるような制度も必要です。政府にもそうした認識があり、イノベーションボックス税制による無形資産投資の促進なども有効でしょう。また、リニア中央新幹線の活用などは旅行収支と対内直接投資の双方に影響を与える、日本の効率を高めるスケールの大きな政策だと思っています。

 高度人材の呼び込みなども必要ですが、人手不足を解決するための移民という政策は必ずしも賛成を得られず、難しい問題もあるので限界がある。よく、AIに雇用を奪われると言いますが、人手不足の日本ではむしろ、AIの活用は必須でしょう。

凄まじいデジタル関連収支の黒字を稼ぐアイルランド

──アイルランドやスイスなどの例を挙げてできることは何でもすべきだという主張が響きます。

唐鎌:アイルランドは例として相応しくないという意見は当然、有識者の中ではあります。もちろん、低い法人税率を盾に多国籍企業を惹きつけるアイルランドのようなやり方は褒められたものではありませんし、それを真似しろとは言いません。

 しかし、たいしてデジタル産業に比較優位がなかったアイルランドは今や凄まじい金額のデジタル関連収支の黒字を稼いでいます。生き残るために手段を選ばなかったことで今があるとも言えます。

 現状の日本について言えば、円安を止めないとまずいと皆が思っているわけで、危機感をもって、できることは何でもやっていくという段階に来ていると思います。他国の事例から少しでも学べることがあるならば、貪欲に吸収してもよいと思います。

 本書と前著では主に現状分析に多大な時間を割きました。しかし、本当に重要なことは次の世代に、よりよい未来を残すためには何をすべきなのかという具体的な処方箋の検討です。次回、本を書くことがあれば、そのあたりに焦点を当てた調査・分析を主軸にしたいと思っています。

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大崎 明子(おおさき・あきこ)
早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。