欧州金融市場が変調をきたす場合の経路

 フランスの2023年の財政赤字(対名目GDP比)は▲5.5%でイタリア、スロバキアに次ぐ3番目の大きさ。政府債務残高は110.6%で、欧州債務問題の常連であるギリシャ、イタリアに次ぐ大きさだ。

 マーストリヒト基準からは大きく逸脱している。前者の▲5.5%は政府計画では▲4.9%だったもので、そもそも違反している状態からさらに逸脱したため、今年5月末には米大手格付け会社が同国格付けをAAからAAマイナスへ引き下げたいう経緯がある。

 その上、きたる総選挙(6月30日)で第一党になることが見込まれる極右政党・国民連合(RN)や統一会派を組む極左政党は拡張財政路線という点で一致しており、付加価値税の撤廃や年金改革の棚上げ(支給開始年齢引き上げや支給金額自体の引き上げなど)が主張されている。

 親EU派のマクロン仏大統領との対立は元より、欧州委員会を挑発するような政策運営が格付けの不安定化を招き、利回りを通じて域内金融市場を混乱にいたらしめるコースが懸念される状況だ。

ユーロ加盟国の財政状況。フランスやイタリアの財政赤字の大きさが目立つ
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 もちろん、EUとの対立を避け、現実路線に努めてきた極右政党であるメローニ首相率いるイタリアもEDP手続きを履行するのか否かが注目される。

 政治日程に照らせば、おおむね年内は欧州の政治リスクが金融市場で断続的に意識される展開が予想され、ユーロ相場にとっては想定外の重しになりそうである。

※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、2024年6月24日時点の分析です

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唐鎌大輔(からかま・だいすけ)
みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶応義塾大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)入構。日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、「EU経済見通し」の作成やユーロ導入10周年記念論文の執筆などに携わった。2008年10月から、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)で為替市場を中心とする経済・金融分析を担当。著書に『欧州リスク―日本化・円化・日銀化』(2014年、東洋経済新報社)、『ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで』(2017年、東洋経済新報社)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(2022年、日経BP 日本経済新聞出版)。