欧州も「もしトラ」に備えて動き始めている(写真:AP/アフロ)欧州も「もしトラ」に備えて動き始めている(写真:AP/アフロ)
  • 11月の米大統領選でトランプ氏が大統領に返り咲いた場合のリスクは様々に議論されている。その中でも気になるのは、欧州の防衛費増大だ。
  • トランプ氏は前政権の頃から欧州の防衛費負担が低すぎることに不満を述べており、大統領就任後、防衛費の負担増を欧州各国に求める可能性は否定できない。
  • もっとも、軍備増強に伴う財政赤字や債務残高の増大によってEUの安定成長協定(SGP)に抵触するリスクを考えれば、債務危機が再燃することもあり得る。

(唐鎌 大輔:みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)

「もしトラ」で接近する欧州と中国

 年初の寄稿「2024年の円相場の大きな変数、米大統領選で円安、円高のどちらに振れるのか?」では、米大統領選が金融市場、特に為替市場に与える影響について議論した。

 詳しくは同記事を参照いただきたいが、基本的にドル/円相場に限って言えば、変動為替相場制移行後の経験則を踏まえ、円安・ドル高材料となる公算が大きいと言わざるを得ない(図表①)。かなりはっきりした傾向ゆえ、筆者も見通し作成上、考慮しているポイントではある。

【図表①】

米大統領選前後のドル/円相場
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 しかし、ドル/円相場以外の論点に関し、トランプ氏の再選、いわゆる「もしトラ」に備えた場合、欧州の立ち回りがどう変化するかを気にする論調は多い。具体的には、トランプ再選を「欧州の安全保障枠組みを変え得る材料」と解釈する向きは多く、状況証拠に照らせば恐らくそれは正しそうである。

 言及すべき論点は多岐にわたり、例えばドイツ政府からは既に核武装の必要性を訴える閣僚まで現れている。とりわけ、トランプ再選を契機として注目される欧州の動きが、中国との接近や防衛費の増強だ。

 中国との接近に関しては既に現実化しつつある。

 直近では5月6日、パリを訪問した中国の習近平・国家主席とフランスのマクロン大統領、そして欧州委員会のフォンデアライエン委員長が三者会談を持った。その際に、「欧州の将来は、中国との関係を均衡の取れた形で一段と発展させられるかにかかっている」と述べたマクロン大統領の発言が欧州と中国の新しい外交関係を象徴する発言として注目を集めている。

トランプ再選で欧州が直面する防衛費の増大

 元より、今回の習近平主席による欧州訪問はトランプ氏と距離のあるEU(欧州連合)を自陣に引き込む意図があると言われていたが、会談後に報じられている要人発言を見る限り、実際にそのような意図はあったのだろうと感じさせる。

 後述するように、トランプ再選に伴って欧州が直面する喫緊のリスクは防衛費の増大であり、さらに言えば、それが域内の債務問題にまで延焼する展開だ。

 トランプ再選は中国にとって欧米関係に楔を打ち込むことができる契機になる一方、欧州にとっては中国を通じてロシア・ウクライナ戦争にブレーキをかける(できれば停戦させる)契機になる。

 後者の点に関しては、フォンデアライエン委員長が「中国はロシアに対するすべての影響力をもってウクライナへの侵略戦争の停戦を促すように求めたい」と明言している。

 何かと言えば欧州に対して口汚く罵ってくる可能性があるトランプ氏と付き合うよりも、中国との関係をうまく活用して防衛費抑制に強めた方が実利があるという外交的発想は十分理解できる。

 次に防衛費増強が注目される。後述するように、金融市場の観点からはこちらに警戒を要する。