おわりに

 戦局は一夜にして逆転するものである。

 本稿で述べたように、米国はじめ西側諸国のウクライナへの軍事・資金支援の再開、提供した兵器によるロシア領内攻撃の容認、F-16 戦闘機の供与の3つの政策転換により戦場においてウクライナがロシアに勝てる見込みが出てきた。

 しかし、ロシアをあまり追い詰めると、核兵器を使用するのではないかという懸念が生じてくる。

 筆者は、米国をはじめとするNATO32カ国の通常兵器と核兵器は、ロシアの核使用を抑止しているとみている。

 米国は、ロシアのウクライナ侵攻開始時から、ロシアの核戦力を完全に監視していることは間違いない。

 そして、「ロシアに核戦力の使用の兆候がない」と公表し、米国の監視能力の高さを誇示し、ロシアを牽制している。

 また、米軍は、大統領からの命令があった場合、これに数分内に応じるため保有する弾道ミサイルの一部を高度な発射態勢の状態に置いていると筆者はみている。

 常時監視と即応態勢の維持が米国のロシアに対する核抑止力の自信となっている。それは、「我々はプーチンにも誰にも屈しない」というバイデン大統領の言葉に現れている。

 また、米国とNATOは、2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻開始以降、長い時間をかけて、ロシアの核の恫喝への対抗策を検討してきたに違いない。

 そして、ロシアが戦術核兵器を使用すれば、NATO軍は、ロシアとの通常兵器による全面対決を辞さないとの覚悟を決めたのであろうと筆者はみている。

 NATO加盟国の総兵力は約335万人(出典:NATO2023年版年次報告)とされ、単純比較で、総兵力約110万人(出典:IISS2024年軍事バランス)と推定されるロシア軍を圧倒している。

 NATOとの全面対決を望んでいないプーチン大統領は、戦術核兵器の使用も抑止されている。

 さらに、ロシアが頼る中国が核兵器の使用に反対している。

 2023年7月5日付け英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は、中国の習近平国家主席が2023年3月にロシアを訪問した際、ロシアのプーチン大統領にウクライナで核兵器を使わないよう警告していたと報じた。

 また、2023年2月24日、中国はウクライナでの戦争を終結させるための、12項目からなる和平案を提案したが、その中で、「核兵器の使用および使用の威嚇に反対する」ことを明記している。

 さらに、2024年5月23日、中国はウクライナ危機を政治解決するためとしてブラジルと共に6項目からなる独自提案を公表したが、この中でも、「大量破壊兵器、特に核兵器、化学兵器、生物兵器の使用に反対する」ことを明記している。

 以上のように、中国が核兵器使用を反対する中で、ロシアが核兵器を使用することは政治的に難しいと見られている。

 ところで、プーチン氏は過去に核の使用について驚きの発言をしている。

「2018年のドキュメンタリーでプーチン氏は、『ロシアを全滅させようとする者がいるなら、それに応じる法的な権利が我々にはある。確かにそれは、人類と世界にとって大惨事だ。しかし私はロシアの市民で、国家元首だ。ロシアのない世界など、なぜ必要なのか』と発言した」

(出典:BBCニュース「プーチン氏は核のボタンを押すのか BBCモスクワ特派員が考える」2022年2月28日) 

 かつて、冷戦の緊張が高まるなか、米国によるミサイル攻撃の警報を誤報と判断し、核戦争から世界を救ったとされるソ連将校の話がある。

 近い将来、「ロシア人とウクライナ人は一つの民族であり、一体である」と主張するプーチン氏が、常軌を逸して、ウクライナへの核攻撃命令を発令した際、同胞を攻撃するのは間違いであると考え、発射ボタンを押さないロシア人将校がいることを願っている。