(2)F-16で何が変わる
本稿は、2024年1月29日付けフォーブス・ジャパンの「ウクライナ軍の『期待の星』F-16で何が変わる? 現有のMiG-29・Su-27と徹底比較」を参考にしている。
ア.F-16と、ウクライナが現有するMiG-29・Su-27との比較
ウクライが保有する戦闘機は、旧ソ連のミコヤン・グレーヴィチ設計局が開発した「MiG-29」戦闘機と、同スホーイ設計局が開発した「Su-27」戦闘機である。
ウクライナ空軍は双発の超音速機である両戦闘機のいくつかのモデルを運用しているが、いずれも電子機器の貧弱さという大きな弱点を抱えている。
様々な改良が施されているウクライナ空軍のMiG-29だが、共通する短所はレーダーである。
各モデルに搭載されているN019系レーダーは最大探知距離100キロと短いうえ、敵のジャミング(電波妨害)を受けやすいことで評判が悪い。
そして、ウクライナ空軍は外国の協力で、無誘導弾をGPSなどで誘導可能にする装置JDAM(統合直接攻撃弾)を装着した滑空爆弾や、「AGM-88」対レーダーミサイルなど、西側製のスマート弾を発射できるようにMiG-29を改修している。
とはいえ、その統合は粗雑で、パイロットはこれらのスマート弾を最適なモードでは使用できていないのが実情である。
ウクライナ空軍のSu-27 であるが、MiG-29と同様、Su-27もレーダーに制約がある。Su-27のN001系やN010系レーダーの探知距離は80〜100キロ程度にとどまり、ジャミングにも弱い。
ウクライナが西側諸国にF-16の供与を強く求めたのも、MiG-29やSu-27のレーダーの性能不足が一因である。
イ.ウクライナに供与されるF-16戦闘機の優れた性能
ウクライナはF-16をオランダから42機、デンマークから19機取得することになっており、ノルウェーからの取得数も十数機になる可能性がある。
ウクライナ空軍のパイロットは米国やルーマニアで訓練を受けており、最初分のF-16は近々ウクライナに到着する見込みである。
3カ国から供与されるF-16はすべて1980年代製の機体を1990年代から2000年初めにかけて大幅に改修したF-16AM/BM(MLU)型である。
供与されるF-16戦闘機には、AN/ASQ-213センサーポッドを備え、「AGM-88HARM」で武装した単発の超音速機である。
AGM-88 HARM(Highspeed Anti-Radar Missle)は、目標から放射されるレーダー波を感知して、その発信源に向かいレーダーを破壊する兵器である。
たとえ目標が途中でレーダー放射を止めても放射が行われていた位置に向かって飛翔し、目標が放射を再開したら再捕捉することも可能である。射程は約148キロである。
F-16は、約130キロ離れた敵の防空施設の位置を特定し、攻撃目標にできる。敵の対空兵器を攻撃するのが危険すぎる場合、「ADM-160」デコイ(おとり)ミサイルを発射して惑わせることも可能である。
また、航空優勢の確保任務では、「AIM-120 AMRAAM(Advanced Medium-Range Air-to-Air Missile、アムラーム)」空対空ミサイルがF-16の最高の武器になる。
AIM-120の最大射程は105キロとされ、ウクライナ空軍が現在用いている「R-27ER」空対空ミサイルの最大射程(70~80キロ)よりもやや長い。
AIM-120に関してさらに重要なのは、ミサイル自体に小さなレーダーを搭載するいわゆる「撃ち放し(ファイア・アンド・フォーゲット)」ミサイルだという点である。
戦闘機はAIM-120を射撃後、即離脱できる。
一方のR-27ERミサイルはセミアクティブレーダー誘導ミサイルで、戦闘機はこのミサイルが飛翔している間、自らのレーダーで目標を照射し続けなくてはならない。
そのため、敵機からの応射にさらされやすい。
F-16の「AN/APG-66(V)2」火器管制レーダーは探知距離が110キロほどあり、MiG-29のN019やSu-27のN001、N010を上回る。
F-16は「AN/ALQ-213」電子戦システムも装備し、センサー、ジャミング装置、チャフ(レーダー電波を散乱させる金属片など)やフレア(赤外線誘導ミサイルを追尾させるおとりの熱源)などの撹乱物を組み合わせて、ミサイルから自機を守る。
MiG-29とSu-27にはこうした電子戦システムもない。
F-16はこのほか、リンク16戦術データリンクにも対応している。これはF-16と、パトリオット地対空ミサイルシステムやNATOの早期警戒管制機などほかのユニット(部隊、車両、艦艇、航空機など)をつなぐ、安全性の高い無線データ接続網である。
F-16のパイロットは、リンク16で結ばれているほかのユニットに見えているものを見ることができる。
ウ.F-16に期待される誘導滑空爆弾対処
ロシア軍は、ウクライナ軍が対応に苦慮しているという新型兵器(誘導滑空爆弾:航空爆弾にUMPK滑空誘導キットを装着したもの)を使って空から攻撃を仕掛けてきている。
アウジーウカをめぐる戦闘が最も激しかった2月中旬、ロシア空軍はわずか2日で250発もの誘導滑空爆弾を投下した。
ウクライナ空軍はアウジーウカの陥落後しばらくの間、滑空爆弾を投下してくるロシア軍機に反撃していた。
ロシア空軍のスホーイは、最大で65キロほど離れたところから誘導型滑空弾を1日に約100発投下し、ウクライナ側の防御を組織的に破壊している。
ウクライナ軍は、射程が約145キロある米国製パトリオット地対空ミサイルシステムを用いて、ロシア空軍のSu-34戦闘爆撃機とSu-35戦闘機を2週間で計14機撃墜した。
だが3月9日に、イスカンデル弾道ミサイルが撃ち込まれ、パトリオットの発射装置2基が撃破された。
現時点で、ウクライナ側には対抗できる手段がほとんどない。
ウクライナ空軍はミコヤンMiG-29戦闘機とスホーイSu-27戦闘機を計数十機運用するが、両機種に搭載されているN019やN001、N010系統のレーダーによる空中目標の探知距離は80〜95キロ程度、R-27空対空ミサイルの射程はその半分ほどにとどまる。
F-16が搭載するAN/APG-66(V)2レーダーの探知距離は110キロあり、発射するAIM-120空対空ミサイルの射程も105キロあるとされるので、ロシア側が支配する空域にそれほど深く進入しなくても、ロシア空軍の爆撃機を攻撃できると考えられる。
エ.筆者コメント
ウクライナ戦争は、当初ロシアは圧倒的な航空・ミサイル戦力を持ちながら、ウクライナの防空能力を無効化できず、航空優勢を今に至るまで獲得できていない。
その原因について、多数の無人機や短距離地対空ミサイルなどを効果的に活用した「航空拒否(air denial)」により、ウクライナがロシアの航空優勢を妨げていることが指摘されている。
また、ロシア空軍がウクライナ軍の防空能力を無力化したり破壊したりすることに失敗した原因として、ロシアのSu-35S戦闘機は、対空レーダーを標的にできる対レーダーミサイルを搭載できるが、紛争での使用や有効性を示す証拠はほとんどない。
記録されているウクライナの防空損失の大部分は、空軍力を伴わない攻撃によるものであるとされている。
(出典:2023年3月に公表された米議会調査局報告書「戦闘機のウクライナへの移転:課題と議会の選択肢」P7-8)
他方、F-16 の強みは、敵防空網に対する攻撃の中核となる「AGM-88」HARM(高速対レーダーミサイル)を搭載していることである。
ロシアの地対空ミサイル側が「HARM」から逃げるには、「HARM」そのものを撃墜するかレーダー電波を停止し即時移動しなければならない。
HARMは高速対レーダーミサイルの名前どおり高速で飛んでくるため、避けるまでの時間が極めて短いのである。
加えて、その射程は約148キロである。ロシアの防空オペレーターは、レーダーのスイッチを切るしかないであろう。
NATO加盟国でF-16戦闘機を保有しているのは、オランダは42機、ベルギーは53機、デンマークは44機、ノルウェー48機である。
NATO加盟国のF-16は新型戦闘機が導入されることによって余剰となった中古機であり、最新鋭とは言い難い機体であるが、いずれもAGM-88HARMを搭載可能である。
また、いずれの戦闘機もリンク16戦術データリンクにも対応している。
筆者はF-16 戦闘機がウクライナ戦争のゲームチェンジャーになることを期待している。