原作者を「難しい作家」扱い

 さて、『セクシー田中さん』だが、昨年4月中に出演陣が決まり、脚本のプロット(骨子)も書き始められていたものの、日テレ制作陣が初めて芦原さんと会ったのはなんと7月16日だった。

 ドラマプロデューサーはここにも問題があったと指摘する。

「制作陣は初期の段階で原作者と会い、『こういうドラマをつくりたい』と伝えるのが鉄則。その場での相手の反応が悪かったら、迷わずご破算にする。洞察力と判断力はプロデューサーに不可欠の資質ですから」

 そもそも日テレ制作陣は最初から芦原さんの存在そのものを軽視していたフシすらある。それは日テレの報告書から窺える。

 日テレ制作陣は小学館側との初面談だった昨年3月9日、小学館の社員から「原作者は以前、漫画のドラマ化で揉めたことがあり『難しい作家』(原作へのこだわりが強い作家)である」などと伝えられた。

 以後、報告書には「難しい作家」という表現がしつこいくらいに登場する。4カ所も登場するページもある。一方で日テレが2007年に制作した同じ芦原さん原作のドラマ『砂時計』の制作関係者が、「大変いい人で問題なかった」と証言したとする下りもある。

 ろくに会ってもいない同一の原作者を「難しい作家」と「大変いい人」に区分する判断基準は何なのか。改変を拒むと「難しい人」扱いとなり、自由に改変させてくれると、「大変いい人」なのか。それでは人間として扱ってないように思えるし、そもそも勝手すぎるのではないか。