シリアではCIAとモサドの共同作戦も

 2008年には、CIAとモサドが共同作戦で、イスラム教シーア派組織の国際工作部門トップ、イマド・ムグニヤ氏を殺害したことがある。シリアの首都ダマスカスに陣取ったCIAの追跡班がテルアビブのモサド工作員に連絡、ムグニヤ氏が自分のSUVに近づいた瞬間、スペアタイヤに仕掛けた爆弾を炸裂させた。

 冒頭で紹介したように、ガザで米国が標的となるハマス幹部の情報を提供して、現実にCIAとモサドの共同作戦が実行されるのかどうか。そもそも、ハマス幹部の動向に関してCIAがどれほどの機微情報を掌握しているのか、など詳細は明らかではない。

戦後統治でハマスを排除できるか

 ラファ攻撃でさらに多くの一般市民に犠牲者を出してゲリラ戦の泥沼に陥るのを避け、標的暗殺でハマス幹部を狙うべきだとするバイデン政権の提案が成功するとは限らない。

 その次の関門は、ガザの戦後統治に向けてハマスを排除できるかどうか。さらに、「パレスチナ国家」とイスラエルが共存する展望が開けるかどうか、と難問が続く。

 同時に、バイデン政権はジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)やアントニー・ブリンケン国務長官らを中東諸国に派遣し、多角的外交を展開している。

 課題は4つある。第1に中東全域の安定化、第2にガザの戦後統治問題、第3にイスラエルとサウジアラビアの国交正常化、第4に米国とサウジとの相互安全保障条約締結だ。

 いずれの問題も相互に関連するが、合意しやすい問題は第4点とみられる。恐らく米国からサウジに対する原子力発電への協力などの条件が整えば、両国は日米安保条約レベルの条約を締結するとみられる。ガザの戦後統治問題で進展がなければ、サウジ・イスラエルの国交正常化も含めて、中東情勢の安定化は先延ばしにされるだろう。

 5月31日には、バイデン大統領が先に発表して、ネタニヤフ首相もその内容を認めた、3段階から成る「ガザ停戦・復興案」も、ネタニヤフ政権内で強い反対が表面化して、実現は当面難しそうだ。

春名幹男
(はるなみきお) 1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。

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