しかしEUの制裁関税は両刃の剣だ。中国がEU加盟国からの輸出品に報復関税をかけたり、同国内での欧州企業の活動に何らかの制限を加えたりする可能性があるからだ。

 習主席は、EU側の非難に反駁した。彼は中国国営新華社通信によれば、「中国の生産過剰問題は存在しない。割安の製品は欧州におけるインフレ圧力を引き下げることに役立つ。中国とEUは、貿易によって互恵関係にある」と述べた。したがって中国政府がEVや太陽光発電パネルなどの対欧輸出にブレーキをかけるとは考えにくい。EU・中国の前途には本格的な貿易紛争の暗雲がたちこめつつある。

中国の欧州における橋頭堡セルビアとハンガリー

 実際、習主席がパリ訪問の後に、セルビアとハンガリーに向かったことは象徴的である。中国の一帯一路構想に参加している両国は、いわば中国が欧州に構築した橋頭堡だ。習主席がセルビアを訪れた5月7日は、1999年のコソボ戦争において、米軍が首都ベオグラードで中国大使館を誤爆した事件から25年目にあたった。この訪問には、中国の米国および北大西洋条約機構(NATO)に対する非難と不信感が表れている。セルビアはアルバニア系住民が多いコソボの独立を今も承認していないが、習主席はセルビアの立場を支持する姿勢を表明した。

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 またハンガリーは、EU加盟国の中で、欧州委員会の難民政策や対ロシア政策について最も批判的な姿勢をとっているほか、中国寄りの立場を最も鮮明にしている。ハンガリーはEUで最初に一帯一路構想に参加した国だ。BYDは2023年12月、ハンガリー南部のセゲドにEV工場を建設する計画を発表した。同社はこの工場で2026年以降、欧州諸国向けに毎年20万台のEVを生産する方針だ。このことは、中国の自動車業界がEUによる制裁関税の導入に備えていることを示す。EU域内に生産拠点を持てば、EUの制裁関税の影響を受けないからだ。

 この戦略的に重要な工場の建設地として、中国がハンガリーに白羽の矢を立てたことは象徴的である。つまり親中派ビクトル・オルバン首相は、EUの対中制裁が始まる前から、その効果を減衰させることに協力している。ある意味でハンガリーは、フォン・デア・ライエン委員長にとって獅子身中の虫だ。

 EUが中国に対して厳しい姿勢をとっているのは、EVだけではない。EUは、2022年のロシアのウクライナ侵攻によって、重要な資源の輸入について特定の国に依存することの危険を学んだ。このためフォン・デア・ライエン委員長は、中国などEU域外国への依存度を減らすために、2023年に「グリーン・ディール産業計画(GDIP)」を公表。欧州理事会は今年3月にその一環である重要資源法案(CRMA)を承認した。この法案は、EVや太陽光発電設備、風力発電設備などの生産に必要な、レアアース(希土)やコバルト、銅など17の物質を戦略的資源(SRM)と位置づけ、域外の特定の国への依存度を2030年までに65%未満に減らすことを加盟国に義務付ける。

 また今年2月に欧州議会と経済閣僚理事会が合意したネットゼロ産業法案(NZIA)によって、EUは太陽光発電、原子力、風力発電、水素生産、蓄電などに関する設備の域内調達率を、2030年までに少なくとも40%に引き上げることを目指している。EUはこの2つの法案によって、中国からの製品や原材料に対する依存度を下げようとしている。いわばデリスキング戦略の一環である。

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