(文:熊谷徹)
中国経済への依存度を減らすデリスキング(リスク低減)政策をめぐり、自国経済優先のドイツとフランス・欧州委員会の間に足並みの乱れが目立っている。欧州連合(EU)の不協和音は、中国を利しかねない。
5月5日、中国の習近平国家主席が5年ぶりに欧州を訪れたが、この訪問は対中政策をめぐる欧州内の亀裂を改めて浮かび上がらせた。そのことは訪問国の選択に表れている。最初の訪問国は、対中強硬派フランス。次いで習主席は、中国と友好的な関係にあるセルビアとハンガリーを訪れた。この両国を選んだことは、「欧州の全ての国が中国に対して厳しい態度を取っているわけではない」という中国のメッセージだ。
EUが打ち出した対中強硬姿勢
まず習主席はパリのエリゼー宮でエマニュエル・マクロン仏大統領と、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長と会談した。中心的なテーマの一つは、貿易摩擦である。マクロン大統領とフォン・デア・ライエン委員長は、習主席に対し、割安の電気自動車(EV)や太陽光発電モジュール、鉄鋼などの欧州への輸出量を減らすよう求めた。
特にフォン・デア・ライエン委員長の舌鋒は鋭かった。同氏は、「我々は自由競争を阻害する輸出政策を見過ごすことはできない。集中豪雨的な輸出は、欧州の製造業界を荒廃させる。世界は中国の生産過剰によって作られた大量の製品を吸収することはできない」と語った。そして同委員長は、「中国の生産過剰と集中豪雨的輸出が終わらない場合は、EUは必要な措置を取らざるを得ない」と述べ、制裁措置を取るという方針を明確に打ち出した。
焦点は、中国からのEVである。フォン・デア・ライエン委員長は2023年9月13日、「中国が欧州に輸出するEVの価格が、政府補助金により不当に安くされている疑いがある」として、調査を開始したことを明らかにした。欧州委員会の調査の結果が「クロ」となれば、中国で生産されて欧州に輸出されるEVについて、EUが制裁関税を課す可能性が大きい。
EUによると、中国のEVの平均価格は欧州企業のEVの平均価格よりも約20%低い。EUは「欧州のEV市場で中国車のシェアは現在約8%だが、2年後には15%になる可能性がある」と指摘する。中国のBYDなどは、ドイツを中心に販売体制の構築を着々と進めている。
ドイツでEV販売数が伸び悩んでいる最大の理由は、高価格だ。現在ドイツでは約150車種のEVが売られているが、価格が3万ユーロ(510万円・1ユーロ=170円換算)未満の製品は3車種しかない。高い人件費や他社から電池を調達しなくてはならないことが原因だ。BYDはそこに着目して、割安のEVで欧州市場に斬り込むことを狙う。
ドイツの日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)によると中国政府は2022年までに、バッテリー電気自動車(BEV)を購入する市民のために2000億人民元(約260億ユーロ)の税制上の優遇措置を実施した。ドイツ自動車工業会(VDA)によると、中国の自動車業界は2023年、約1464万台のEVを生産した。だが中国でのEV販売台数は655万台に留まっている。中国のEV市場では、生産能力過剰のために、激しい価格競争が起きてメーカーの収益性が下がっている。このためEUは、中国のEVメーカーが国内でだぶついたEVを将来欧州に輸出することを恐れている。
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