問題は、なぜ、日韓の医師が患者視点と国際感覚なしで、これまでやってこられたかだ。それは、その必要性がなかったからだ。日韓の医療体制は政府の厳格な統制下にある。前述のように医学部定員数は、国家が厳密に管理し、医療保険の点数は、政府やその関連団体が決定する。これまで医師は増員されず、高額な保険点数が保証されてきた。医師にとって恵まれた護送船団方式だったといっていい。

 これは、欧米を中心とした医師のあり方とは違う。医師は弁護士や聖職者と並ぶ古典的プロフェッショナルだ。ギリシャ・ローマ時代から、時の権力と様々な軋轢を経験し、独自の職業規範を形成してきた。チェ・ゲバラをはじめとして、医師に国家権力と戦う革命家が多いのは、このような歴史を反映している。

 日韓の医師が、西欧とかけ離れたメンタリティを持つようになったのは、その近代史に負うところが大きい。日韓の医療の雛形を作ったのは明治政府だ。近代化を急いだ明治政府は、東京帝国大学をはじめとした帝国大学を設立し、国家、つまり政府にとって有為な人材を育成しようとした。日本の植民地となった韓国も、その影響を受けた。

 法学部と医学部が中核を担ったのは、欧米の大学と同じだが、その教育の根底にあるのは古典的プロフェッショナリズムではなかった。教会や世俗権力と対立しても、自らの顧客を守ることを使命とする価値観は育たなかった。日韓は、欧米先進国から大学という教育システムは取り入れたが、その精神は受け継がなかった。彼らが最重視するのは、国家の意向だ。このあたりのメンタリティは、開発独裁の後進国のリーダーに近い。

 この方法は、日韓が「後進国」の間はうまくいった。だからこそ、明治維新や漢江の奇跡を実現できたのだろう。

 ただ、今となっては弊害が大きい。医師を含め古典的プロフェッショナルといわれる職種は、社会のエリートだ。彼らにこそ、国家権力と対峙してでも、社会を改革してもらいたい。ところが、日韓ともに、その気配はない。韓国の医師のストライキも、社会の支持を集めているとは言い難い。多くの韓国の国民は、医師の利権確保だと冷めた目で見ている。今回の韓国の医師ストライキは、韓国のエリートたちの退廃を象徴している。魚は頭から腐るというが、まさにその通りだ。

 これは他人事ではない。日本の医師に対する国民のイメージも全く同じだろう。我々は、韓国のケースを他山の石として、自らのあり方を反省すべきである。

上昌広
(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

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