マンションに住んでいる人は、断水が解消しても、下水管の安全を十分点検しないまま使ってしまうと上層階の汚物が下の階のトイレから噴出してしまうようなトラブルが発生しかねません。しかし大震災の後では点検の要請が殺到し、専門業者はなかなか来てくれないでしょう。

 そこで住民が自分たちで点検し、トイレ使用を再開できるように「集合住宅の災害時のトイレ使用マニュアル作成手引き」を空気調和・衛生工学会がまとめて、ネットで公開しています*6。マンション住まいの人は、災害前にどんな備えが必要か、発災後にどんな手順でトイレ使用を再開するのか、知っておいた方がいいでしょう。

 下水道の本管は、比較的深いところに埋められているので、液状化による地盤の被害がなければ、水道管に比べて被害は少ないのですが、それぞれの住居と本管を接続する区間で、壊れることがあります。戸建てでも、最初は少し水を流してみるなどして、下水道にちゃんとつながっているか、確認してからトイレを使わなければいけません。

*6 空気調和衛生工学会 集合住宅の在宅避難のためのトイレ使用方法検討小委員会 2020年1月

 

長期間の避難生活になれば携帯トイレや仮設トイレの汚物処理も難題

――首都直下地震や南海トラフ地震で、トイレは大丈夫でしょうか。

 今後予想される首都直下地震や、南海トラフ地震では、被災者の数、そしてトイレ需要、生じる汚物は桁違いに多くなります。まだ課題は多いでしょう。

 避難所で、寝泊まりする体育館からトイレが遠すぎると使いづらいです。学校を新築・改築する段階から、災害時のトイレ確保まで計画に入れる必要があります。トイレを掃除する雑用水をどう確保し、清掃用具をどこに保管しておくか、などの目配りも必要です。

 ライフラインの途絶は長期化するので、携帯トイレも長期間使うことになるでしょう。携帯トイレの量を確保するだけではなく、この後始末も大きな課題になります。1日5回で1人1.8kgも汚物が生じます。一般の災害ごみと分別せずに回収すると、ごみ回収車がそれを押しつぶして悲惨な事態を引き起こしたり、衛生上も問題になったりする可能性があります。携帯トイレは分別して平積みのトラックで集められるように、災害廃棄物処理の計画の中で考えておかないといけません。

 仮設トイレは、バキュームカーで汚物を頻繁に回収する必要があります。大震災で広域が被災した時、数少ないバキュームカーをどれだけ確保できるか、そして集めた汚物をどう処理するのか、十分計画できているようには見えません。

 携帯トイレの支援は経産省、マンホールトイレは国交省、避難所のトイレは文部科学省、携帯トイレの後始末は環境省という具合に、トイレ問題は縦割りで、総合的な対策が難しい面があります。しかし、防災の計画の中に、ちゃんとトイレを位置づけて、もう少しプライオリティを上げてもらわないといけません。

 阪神以降30年経ってトイレ対策は進んだ面もありますが、災害のたびにいろんなことがわかってきています。今回の能登地震に関しても、実態をきちんと調査して、経験を今後の対策に活かすべきです。

【添田 孝史(そえだ・たかし)】
科学ジャーナリスト。1964年生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。90年朝日新聞社入社。大津支局、学研都市支局を経て、大阪本社科学部、東京本社科学部などで科学・医療分野を担当。原発と地震についての取材を続ける。2011年5月に退社しフリーに。東電福島原発事故の国会事故調査委員会で協力調査員として津波分野の調査を担当。著書に『原発と大津波 警告を葬った人々』『東電原発裁判』(ともに岩波新書)などがある。

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