仮設トイレが届くまで一週間

――阪神淡路大震災から、対策は進化しているのでしょうか。

 水洗化が進んだ都市で、地震の時にトイレが深刻な問題になると意識されるようになったのは、阪神淡路大震災以降です*2。東日本大震災(2011)や、熊本地震(2016)でも、トイレは大きな問題となりました*3

*2 日本トイレ協会/神戸国際トイレットピアの会監修『阪神大震災トイレパニック 神戸市環境局・ボランティアの奮戦記』(日経大阪PR 1996)などに詳しい。

*3 東日本大震災の後、文部科学省が被災3県の学校3127校を対象にした調査では、「避難所で問題となった施設・設備」で、最も多く挙げられたのが「トイレ」で74.7%だった。
文部科学省 東日本大震災における学校等の対応等に関する調査研究報告 2012年5月29日 p.105

 阪神淡路大震災の時、様子を見てまわりました。みんな考えることは同じでまず穴を掘るんですが、都市部ではなかなか場所がない。公園に穴を掘れたとしても人力ではせいぜい50センチ程度です。穴のまわりに倒壊した建物の廃材を集めて目隠し小屋を作ったり、学校の花壇に穴を掘って、その上にサッカーのゴールを置いてテントを張ったり、そんな涙ぐましい努力をしているところもありました。しかし、穴に埋めたペール缶に排泄しても、すぐにいっぱいになってしまいます。

 仮設トイレが届き始めたのは1週間ぐらいたってからで、それも当初は全く足りていませんでした。当時はまだ携帯トイレもあまり製品化されていなかったので、みんなごみ袋に新聞紙を引いてそこで用を足す、という感じでした。

 感心したのは、道路のマンホールの上に作られていた「マンホールトイレ」です。直接下水道に流すことができます。うまい方法だと思って神戸市に伝えたら神戸の学校に取り入れられ、それから各地の学校や防災公園など全国に広がっていきました。現在は国土交通省が推奨していますが*4 、熊本地震の時にも役立ったそうです。

*4 国土交通省 マンホールトイレ整備・運用のためのガイドライン 2021年版 2021年3月