海外生産を手がける会社でよく見かけるザイコフヤシ虫(イラスト:きしらまゆこ)
  • あなたの仕事がうまく回らないのは、職場に巣食う「害虫」のせいである――。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints=制約理論)の第一人者、岸良裕司氏(ゴールドラット・ジャパンCEO)が、会社を停滞させる構造的な問題を害虫に見立て、その特徴と対処の仕方を、実例を基に伝授する。
  • 第10回は、海外生産を手がける会社に生息する「ザイコフヤシ虫」。海外の安い労働力を頼りにコストダウンするはずが、なぜかコストが上昇し利益を圧迫する。
  • 昨今のサプライチェーンの分断リスクの上昇で増殖する可能性もあり、抜本的な対策が急務だ。(JBpress)

(岸良裕司:ゴールドラット・ジャパンCEO)

名称:ザイコフヤシ虫
職場へのダメージ:★★★★★
主な生息地:より安いコストを求めて、海外生産を展開している会社に忍び込みこむと言われている。メタボ体形が特徴。財務諸表の棚卸在庫日数の状況をみれば、ザイコフヤシ虫が繁殖しているかどうかがわかるので、発見は容易である。昨今のサプライチェーンの分断リスクを背景にさらなる増殖が見込まれる
特徴:海外生産によって、計算上はコストダウンができるため、長年「益虫」と考えられてきたが、その裏ではせっせと在庫を増やし、会社をメタボ体質にして、資金繰りを悪くし、経営危機に陥れる恐ろしい害虫であることが近年明らかになった。作れば売れる世代の経営幹部の目にはいまだ「益虫」と見えることが多く、退治するのは極めて困難。恐ろしい毒虫「ゲンカ虫」と共生していることが多い。
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コストダウンを帳消しにする「ザイコフヤシ虫」

「海外生産に切り替えてコストダウンしたはずなのに、なぜ儲からないんだろう……」

 もし、こんな疑問を持ったことがあるなら、あなたの会社に「ザイコフヤシ虫」が侵入している可能性が高い。コストダウンという至上命令のもと、海外と国内の生産コストを比較していると、その匂いを嗅ぎつけザイコフヤシ虫がひそかに忍び込んで来るので注意が必要だ。

 日本企業の多くはこれまで、海外生産に移管した方がコストは下がり、会社はより儲かると考えてきた。だが、そこには大きな落とし穴がある。海外生産はリードタイムが長くなることだ。

岸良 裕司(きしら・ゆうじ)  ゴールドラット・ジャパン最高経営責任者(CEO)
全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraint:制約理論)の第一人者。2008年4月、ゴールドラット博士に請われて、イスラエル本国のゴールドラット・コンサルティング・ディレクターに就任。主な著書・監修書は『ザ・ゴール コミック版』(ダイヤモンド社)、『優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか』(ダイヤモンド社)、『子どもの考える力をつける3つの秘密道具』(ナツメ社)など。東京大学MMRC 非常勤講師、国土交通大学 非常勤講師、国際学会発表実績多数。

 リードタイムとは、一言で言えば生産に関わる全ての時間の合計だ。リードタイムが長くなると、その分だけ不確実性にさらされる時間が長くなる。つまり、リスクが高まる。

 そして、変化に柔軟な対応ができなくなる。売れ筋が欠品したら機会損失になるため、リードタイムが長くなるとさらに余裕をもってより多くの在庫を持つことになる。昨今の米中対立や新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻などによるサプライチェーンの分断は、そうしたリスクを再認識させ、より多くの在庫を持とうという機運も一部で高まった。

 市場の変化は速く、今まで売れていたものが急に売れなくなることは日常茶飯事。不良在庫を抱えると会社の資金が寝ることになる。リードタイムが長いと変化に柔軟に対応できずに緊急出荷が増え、通常船便で出荷していたものを輸送コストを10倍かけてでも航空便で出荷する場合も出てくる。その結果、海外生産でコストダウンをするという目論見は外れ、コストアップという現実に直面することになる。

・在庫が増える
・資金が寝る
・不良在庫を抱える可能性が高くなる
・変化に迅速に対応できなくなる

 こうした海外生産移管に伴うマイナス要因は、「リスク」というほど生易しいものではない。リードタイムが長くなると必然的に起きる「現実」だ。だが、コストが下がるという幻想に取りつかれた関係者には、それが見えない。この状況が、ザイコフヤシ虫に居心地の良い環境を与え、丸々と太らせ、会社をメタボ体質に変えていく。