幻覚を引き起こす物質「ハイフ」をあちらこちらにまき散らす「ゲンカ虫」(イラスト:きしらまゆこ)
  • あなたの仕事がうまく回らないのは、職場に巣食う「害虫」のせいである――。全体最適のマネジメント理論TOC(Theory of Constraints=制約理論)の第一人者、岸良裕司氏(ゴールドラット・ジャパンCEO)が、会社を停滞させる構造的な問題を害虫に見立て、その特徴と対処の仕方を、実例を基に伝授する。
  • 第5回は、数字をゆがめて赤字に陥れる幻覚物質「ハイフ」をまき散らす「ゲンカ虫」。最初は製品レベルだが、やがて会社全体を赤く染める危険生物だ。
  • 本社費用などを「配賦」という形で製品原価に上乗せするのは合理性が全くない。正しい経営判断をできなくするため、今すぐ除去が必要だ。(JBpress)

(岸良裕司:ゴールドラット・ジャパンCEO)

名称:ゲンカ虫
職場へのダメージ:★★★★★
主な生息地:経理財務部、経営企画部、経営幹部、工場の経営幹部などに多く見られる。
特徴:人に幻覚を引き起こす物質「ハイフ」をあちらこちらにまき散らす毒虫。特にエクセルなどのスプレッドシートの数字をゆがめて見せることで、誤った意思決定を誘発する。最悪の場合、組織を死に至らせることで恐れられている。
>>他の害虫(イラスト)を見る(連載未登場の害虫は次回以降、解説していきます)

「ゲンカ虫」が持つ毒素「ハイフ」の恐ろしさ

「この製品は原価割れになっている。撤退すべきだ!」

 本当はもうかっているはず、と直感しているのに、なぜか赤字扱いされることに違和感を覚えたら、あなたの職場に恐ろしい毒虫「ゲンカ虫」が侵入している可能性が高い。ゲンカ虫が侵入すると、人に幻覚を引き起こし、数字が大きくゆがんで見える。エクセルなどのスプレッドシート上では、ゆがむだけではなく赤字に見えるようになる。

(写真:Wachiwit/Shutterstock.com

「ゲンカ虫」の毒液の成分は「ハイフ」と呼ばれている。ハイフが組織中に行き渡るのは極めて早く、あらゆる組織のスプレッドシートに記載されている製品原価に、本社費用などのさまざまな経費が恣意(しい)的に配賦され、本当の費用よりも製品原価を高く見せる。数字上の幻覚効果で、多くの数字がゆがみ、赤字に化けてしまう。

 数字が赤字に化けた製品は、しばらくはコストダウンの努力が続けられるが、現場の一生懸命な努力にもかかわらず赤字が消えないことも多い。その場合、これ以上の幻覚症状が他の組織に波及するのを防ぐために、赤字製品を切り捨てざるを得なくなる。

 すると、切り捨てられた製品の分だけ売り上げが減り、残った個々の製品に対する本社からの配賦はより大きくのしかかる。今まで黒字で書かれていた数字が赤字に化けるケースがいたる組織で多発する。これ以上の症状の波及は許されないので、赤字になった製品をさらに切り捨てる。その結果、また残った製品への配賦が増えて…といった具合に負のサイクルが止まらなくなる。

(写真:アフロ)

 赤字で撤退した製品の注文は、当然ながら競合他社に行く。競合他社の売り上げは増え、量産効果も手伝ってコストダウンも進み価格競争を仕掛けられ、自社の経営はさらに激しくなる。

 会社は縮小し、事業の継続さえ難しくなる。ハイフという毒素を持つゲンカ虫は、最初は個々の製品を赤字にするだけだが、放置すると連鎖反応で、会社全体を赤字に追いやり、死に至らしめるほど恐ろしい害虫である。

岸良 裕司(きしら・ゆうじ)  ゴールドラット・ジャパン最高経営責任者(CEO)
全体最適のマネジメント理論TOC(Theory Of Constraint:制約理論)の第一人者。2008年4月、ゴールドラット博士に請われて、イスラエル本国のゴールドラット・コンサルティング・ディレクターに就任。主な著書・監修書は『ザ・ゴール コミック版』(ダイヤモンド社)、『優れた発想はなぜゴミ箱に捨てられるのか』(ダイヤモンド社)、『子どもの考える力をつける3つの秘密道具』(ナツメ社)など。東京大学MMRC 非常勤講師、国土交通大学 非常勤講師、国際学会発表実績多数。