- ジョブ型雇用やリスキリングなど、社員の自律的なキャリア形成を促す人事制度・働き方改革がブームとなって久しい。だが、掛け声倒れになっているケースも少なくない。
- パーソル総合研究所の小林祐児・上席主任研究員と、組織開発を手掛ける勅使川原真衣・おのみず社長が、危うい人事制度・働き方改革の潮流に警鐘を鳴らす。
- 最終回は、ウェルビーイングやマインドフルネスといった、個人の「メンタル」にフォーカスする潮流に潜む危うさと、生きづらさを克服する方法について議論する。(JBpress)
【対談】
(1)ジョブ型もリスキリングも「能力主義」はもう限界!危うい「個」への過剰期待
(2)人事コンサルが「能力」評価で儲ける構図、「マッチョじゃない人」に研修売る
──これまで「個への過剰な期待」が、人事や組織の改革を行き詰まらせるばかりか、社員のメンタルまでおかしくさせてしまう構造を議論してきました。そんな状況から、どのように抜け出したらいいのでしょうか。
小林祐児・パーソル総合研究所上席主任研究員(以下、敬称略):曖昧な「能力」という基準によって、人格まで否定されてしまうように思わされてしまうのは、本当に問題だと思います。大切なのは、会社から否定されようが、そのショックを吸収できる仲間、人的ネットワークの重なりを個人が持てるかどうかだと思います。
ただ、残念ながら今の日本では、その点が極めて廃れてきています。単身世帯が増えているほか、地域社会も衰弱しています。職場の仲間はいつしか出世のライバルとなってしまいます。能力主義の被害を受ける個人の側に、たとえショックを受けても支え合える人のネットワークの厚みをどう作っていくかが課題だと思います。
勅使川原真衣・おのみず社長(以下、敬称略):そうですよね。最近では「ウェルビーイング」とか「マインドフルネス」とか、そう個人の体調やメンタルの持ちようが盛んに議論されているのも気がかりです。いつも「ご機嫌」でいることが大切だとか。そういうことを言うから、メンタルがどんどんつらくなるんだよ、と言いたい。人間、怒るときだって機嫌が悪いときだって、落ち込むときだってあるじゃないですか。
──ウェルビーイングでご機嫌な生活や働き方をすることまで、一つの「能力」みたいに捉えられてしまっているということですか。
勅使川原:そうです。人生って、揺らぐし、変わっていくし、うまくいかないことが多いですよね。つらいことをやり過ごす心の持ちようまで能力のように捉えてしまったら、そういう状況に対処できないことで「私ってダメだ」と思わせてしまう。
小林:ウェルビーイングなど、個人の主観的な部分が大事です、という流れも含め、最近は世の中、周囲のすべての問題を「個人」の問題にすり替えてしまいがちですよね。就活や人事評価で嫌なことがあっても、それを「やり過ごす能力」も身に付けなければいけない、という話になる。
勅使川原:メンタルタフネス、とか(笑)。
小林:「私の」ウェルビーイングを強調するのではなく、「私たちの」ウェルビーイングであることが重要だと思います。
勅使川原:本当にそうですね。個人で対処するのではなく、組織として、人との関係性の中で向き合っていく仕組みが必要です。今のままだと、面の皮が厚い人しか生きられない時代になってしまいます。