「キャリア自律」が叫ばれるが現実はほど遠い(写真:Photo Smoothies/Shutterstock.com

 転職が増え、副業が解禁され、リスキリングで変化に対応・・・。読者の多くは、それがいまの労働市場のトレンドだと考えているに違いない。企業もメディアも、社員は「会社と対等」であり「自律的なキャリア」を築くべきだと大合唱している。確かにどれも理想論としてはその通りだ。
 だが、中長期には転職も副業も増えておらず、学び直しも一向に進んでいない。「個の尊重」を叫んでも、実態は会社に依存している状況は変わらず、気持ちばかりが離れてしまった。いまの会社と個人の関係はまるで「仮面夫婦」だ。
 この状況をどう変えていけるのか。パーソル総合研究所の小林裕児・上席主任研究員が豊富なデータを基に考察していく連載をスタートする。第1回は仮面夫婦の実態を解き明かす。(JBpress)

(小林祐児:パーソル総合研究所 上席主任研究員)

小林 祐児(こばやし・ゆうじ) パーソル総合研究所 上席主任研究員  NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)など多数。

「内包から対等へ」スキームの氾濫

 いま、企業の人材マネジメントのトレンドは、「個」の尊重です。企業の人材戦略を見てみれば、おおよそ「従業員の自律的なキャリア形成をサポートする」や、「従業員と企業のWin-Winの関係性を築く」といったような言葉が並んでいます。

 こうしたトレンドは、「企業が、個人を内包する関係」が終わって、これからは企業と個人が「対等に関係を取り結ぶようになっていく」という前提の下で行われています。終身雇用や長時間労働に代表されるような「人生まる抱え」の状態から、個人が力を発揮し、企業がそれを結集して組織として強くなっていくことで、両者がベストな関係を取り結ぶ、といった図式です。

出所:筆者作成

 こうした方向性は、ダイバーシティー、キャリア支援、働き方の柔軟化、残業是正、副業解禁、エンゲージメント向上、女性活躍推進などなど、個別の人事改革・人事施策に対して思想的なバックボーンを与えているものです。人事施策案の1ページ目には、だいたいこのようなことが書かれています。この「内包関係から対等関係へ」というロジックを、ここでは「内包から対等へ」スキーム(図式)と呼んでおきましょう。

 このスキームは、90年代以降、経済成長が長期にわたって停滞し、人手不足のトレンドが強くなっていくと同時に、多くの企業で見かけるものとなりました。ここ数十年の日本の人事管理の「ベース」を供給してきたスキームです。筆者自身、有識者やコンサルタント、実務家から耳にタコができるくらいに聞いてきました。