X線分光撮像衛星(XRISM)宇宙空間での想像図。(画像:JAXA)

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2024年1月20日未明(日本標準時、以下同様)、日本の小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」が月面着陸に成功しました。リアルタイム中継された着陸と、通信途絶からの復活という、七転び八起きの活躍は、見守る人々の心を動かしました。これで日本は月面に探査機を着陸させた5番目の国になりました。

 SLIMは2023年9月7日にH-IIA(エッチ・ツー・エー)ロケット47号機によって種子島宇宙センターから打ち上げられました。このロケットは、SLIMに加えて、X線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」も搭載していました。47号機から分離されたSLIMは38万km離れた月へ向かい、XRISMは高度約550 kmで地球を周回する衛星軌道に乗りました。こんなアクロバティックな軌道投入ができる技術、本当にすごいですね。

 SLIMの活躍の一方で、同じ舟で宇宙に漕ぎ出したXRISMもまた、成果に向けて準備が進んでいます。XRISMは手に汗握る見せ場こそ予定されていませんが、かつてない観測性能で高エネルギー天体物理学に革新をもたらすと期待されているのです。

  本記事では(SLIMではなくて)XRISMとその搭載装置について、どこが革新的なのか、どうして世界の研究者が待ち望んでいるのか、解説しましょう。

X線天文衛星はなぜ衛星か

 X線分光撮像衛星XRISMは、日本の打ち上げた7番目のX線天文衛星です。X線天文衛星を7機も継続して打ち上げられる国は世界にほとんどありません。X線天文学は日本のお家芸といえます。

 かつてはこの分野で日本は世界一と言える時期もあったのですが、残念ながらこのところ、観測装置を失う失敗が連続しています。(これについては500文字後に触れます。)

 X線天文学とは、X線を放射する特殊な天体を研究する学問分野です。

 X線はエネルギーの高い光で、「普通」の物理現象では放射されず、私たちの身の回りにはほとんど見られません。

 宇宙でも、「普通」の天体はX線をほとんど放射しません。X線をどかどか放つのは、中性子星や、ガスを飲み込むブラックホール、超新星爆発の残骸といった、一風変わった天体です。そういう連中がX線天文学の研究対象です。

 そういう連中からのX線は、あいにく地球の大気を貫けません。

 大気とは、厚み10 kmほどの窒素と酸素の混合ガスです。これは可視光などの電磁波を少々通しますが、X線やガンマ線や紫外線や赤外線といったほとんどの波長の電磁波をブロックします。

 そのため、そういうX線天体からのX線を見るには、望遠鏡を大気の外、真空の宇宙に持ち出さないといけません。そこでX線天文学は、X線望遠鏡を人工衛星などに載せてロケットで打ち上げるのです。

 こういう事情で、地表に望遠鏡を設置できる可視光天文学や電波天文学や近赤外線天文学などにくらべて、X線天体の観測研究は圧倒的にリスクが高いのです。