2023年のノーベル物理学賞は、アト秒物理学に貢献した3氏に与えられる(写真:新華社/アフロ)

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 さる2023年10月5日、恒例ノーベル物理賞の発表がありました。今年の物理学賞は仏領チュニジア(当時)出身のピエール・アゴスティーニ米オハイオ大名誉教授(1941-)、ハンガリー出身のフェレンツ・クラウス独ルードヴィッヒ・マキシミリアン大教授(1962-)、フランス出身のアンヌ・ルイリエ・スウェーデン・ルンド大教授(1958-)が、「アト秒光パルスで物質中の電子の運動を捉える実験手法」を開発した功績で受賞しました。

 アト秒光パルスとはいったい何で、それで電子の運動をどう捉えるのでしょうか。どうしてそれが重要な功績なのでしょうか。解説しましょう。

アト秒光パルスとは

「アト秒(as)」は極々短い時間です。10^-18(10のマイナス18乗)秒、すなわち100京分の1秒という、訳が分からないほどの短さです。短い時間のことを「瞬間」すなわち「瞬きする間」といいますが、瞬きに要する時間はおよそ0.3秒といわれるので、瞬間をアト秒で表すと300,000,000,000,000,000アト秒(30京アト秒)というとんでもない桁になります。

 10^-18を表す語「アト(a)」は、単位についてのあれこれを定める国際組織「国際度量衡(どりょうこう)局」が定めました。国際度量衡局は、アトの他にもいくつか、小さな単位を作る語を定めています。表に、そうした単位の例を表に示します。全部をそらんじることのできるかたはおそらく少数派でしょう。最小の接頭語「クエクト(q)」は実に10^-30という微小量を表します。クエクトと「ロント(r)」は2022年に付け加わったばかりです。これでほとんどのアルファベットを単位の記号に使ってしまったので、新たな語は今後当分作られないでしょう。

接頭語のついた短い時間の単位

 さてアト秒光パルスとは、アト秒程度の極々短い時間だけ続く光です。これほど短い時間だけ光を発するには、特別の工夫が必要です。

 例えば懐中電灯のような装置を1アト秒だけオン・オフすることは不可能です。宇宙で最も速い光でさえ、1アト秒間には3×10^-10 mすなわち0.0000003 mmしか進めません。たとえ光速で懐中電灯のスイッチを押しても、スイッチは分子1個分くらいしか動かないので、オン・オフを切り替えられないのです。

 では一体どうやってアト秒光パルスを作るのでしょうか。どんなスイッチを使えばいいのでしょうか。

 アト秒で光をオン・オフするための超々高速スイッチは、レーザーと原子中の電子を組み合わせて作ります。光をオン・オフするのに光を使うのです。