うれしくないはずはない。しかし彼女のうれしさは、感情を爆発させるようなうれしさとはちがうのだ。そういう行為は彼女の感情に合わない。

全日本スピードスケート距離別選手権大会の女子1000m表彰台。左は2位の岡崎朋美、右は3位の田畑真紀(2009年10月24日、写真:共同通信社)全日本スピードスケート距離別選手権大会の女子1000m表彰台。左は2位の岡崎朋美、右は3位の田畑真紀(2009年10月24日、写真:共同通信社)

 当然のことながら、「若いときは勝敗」にこだわった。しかし勝っても喜び方がわからない。小平の歓喜は内向する。意志も、闘志も内向する。感動も内向するのだ。

 ちょっとしたことでも大げさに叫び、声をあげる選手が多いなかで、小平の振る舞いは稀有である。だから彼女の佇まいは美しいのだ。

 平昌五輪前年のW杯第1戦のヘーレンフェイン大会で、小平は500mで優勝し、1000mでもW杯初優勝をした。12月のソルトレークシティ大会でも500mで優勝し、さらに1000mで1分12秒09の世界記録を樹立した(日本の女子選手が個人単種目で世界新記録をマークするのは小平が初だった)。

2017年12月11日、スピードスケートワールドカップ第4戦で、女子1000mを1分12秒09の世界新で制した(写真:共同通信社)2017年12月11日、スピードスケートワールドカップ第4戦で、女子1000mを1分12秒09の世界新で制した(写真:共同通信社)

 しかし小平はこんなふうにいっている。「1000mは世界記録を意識していたのか記憶にありませんが、500mより先に世界記録が『出てしまった』という感じでした」

 500mで出るならまだしも、1000mで出るとは、拍子抜けしたといった感じなのだ。

「一瞬の喜びは感じたものの、すぐに冷静な自分に戻りました。子供の頃から大会でメダルや賞状をいただいても、ゆっくり見ることなく、すぐケースにしまったり、母に預けたりしていたようで、もしかしたら世界記録にあまりこだわりを感じていなかったのかもしれません」

ウィニングランはなんのため?小平の決意

 こういう感覚が、小平奈緒がほかのどんなスポーツ選手ともちがう所以である。

 世間は金メダルや世界記録を称える。だから、選手のなかにもやたらと「金」にこだわるものが出てくる。自分たちのすることは偉業であり、世間もそう期待している、と思っているのだ。

 たしかに世俗的には、金メダルも世界記録も偉業である。だれもができるわけではない。だが本質的にいえば、そんなものはどうでもいいことである。所詮、虚構の価値だ。マスコミがニュースとして騒ぐだけである。

 小平奈緒はそのことがわかっているように思われる。だから彼女は、たとえばウィニングランについても、他の選手たちと考えがちがうのである。